AIを導入すれば人手不足が一気に解決する —— そのような期待とは裏腹に、「思ったほど効率化しないな…」と感じていませんか。この記事では、会計事務所におけるAI活用のスペシャリスト・ソルビス税理士法人代表社員の境裕介氏が、「動画で仕訳」「資料収集の完全自動化」などの今日から使える実践ノウハウを公開。税理士業務の「AI活用の現実解」を解説します。
この記事の目次

境裕介
ソルビス税理士法人代表社員。
富山県出身。神戸大学を卒業後に新卒で三菱UFJ銀行に入行。その後、PwC税理士法人へ転職。2024年7月に独立開業し、2025年1月にソルビス税理士法人を設立。銀行と大手税理士法人での経験を生かし、資金調達などの財務支援やグループ通算、国際税務などの高度税務を得意とする。
また、独立後に会計業界におけるAI活用の可能性を強く感じ、いち早くAI専属のプロスタッフを採用するなど、積極的な投資を行う。AIをフルに活用して既存の会計事務所が行ってきた業務の自動化を実現させており、小規模事業者向けの低価格の税務顧問サービス「みんなの税務顧問」を提供している。
X(旧Twitter)などのSNSでの情報発信も日々行っており、会計事務所や金融機関などを対象としたAIのセミナーや研修会への登壇実績も多数。会計業界におけるAI活用日本一を目指している。
※この連載は、「すべてのスモールビジネスを支える統合型経営プラットフォーム」を掲げるfreeeの協力でお送りしています
近年、私たちの業界を取り巻く環境は劇的に変化しています。
深刻な人手不足に加えて、頻繁に行われる税制改正への対応に伴う事務負担の増加、そして顧客ニーズの多様化など。
これらの課題を解決する方法として期待されているのが、AIです。
AIのアップデートは連日のように行われており、会計業界においてもAIに関するセミナーが多数開催されるなど、多くの会計事務所がAIに興味を示しています。
しかし、AIへの期待が先行する一方で、具体的な活用方法やリスク管理に頭を悩ませている先生方も多いのではないでしょうか。
この記事では、AIの実務導入に役立つ情報や課題、具体的な活用事例などをご紹介します。
会計事務所のいますぐできるAI活用術と知っておきたい落とし穴
AIの活用方法は多岐にわたりますが、基本的な活用事例、また会計事務所が知っておいて損はない事例について、確認しておきましょう。
「動画で仕訳」が現実に。AI-OCR活用の現在地
レシートや領収書などの画像データをAIに読み込ませることで、会計ソフトに直接インポートできる仕訳データを吐き出してくれたり、直接仕訳を会計ソフトに入力してくれたりする、AI-OCR。
従来のOCRは、スキャナやカメラで撮影した「画像」が対象でしたが、AIは「動画」による仕訳データ作成も可能にしています。
スマートフォンでレシートの束をザッと映すだけで、AIが個々の内容を瞬時に識別し、仕訳データへと変換。
私自身、レシートをパラパラめくった動画をGeminiに渡して、「複式簿記にて仕訳してください」と指示しただけで仕訳ができたという投稿をXでしたところ、インプレッションが43万回に達するほど話題となりました。
現在は、Gemini3.0の登場により、AI-OCRの機能も強化されているため、より精度の高い仕訳を出力してくれるかもしれません。
しかし、現状のAI-OCRの精度としては、どれだけプロンプトを工夫したとしても、読み取りの精度は体感でおおむね60〜70%程度です。
特に手書きの領収書やインボイス番号などの数字の羅列は、読み取り精度がぐっと落ちる印象です。
実務上のポイントとしては、AI-OCRでは100%ではなく70%程度の精度を目指し、残りの30%を人間が「チェック・修正」する前提でフローを組むことが、導入成功の鍵です。
新人でも数秒で作れる?「未来提案型」財務レポート自動生成術
試算表や仕訳データを生成AIに読み込ませることで、従来は数時間かかっていた財務分析レポートを数秒で完成させることもできます。
レポートの内容については、事前に項目を設定しておくことで毎回同じフォーマットでレポートを出力させることも可能です。
これにより、レポート品質を均一化することもできますし、事務所に入所したての未経験スタッフでもスムーズにお客さまに財務報告をできるようになります。
また当該レポートを利用することで、新人スタッフが財務数値のどこが重要なのかを理解するための教材としての利用も可能です。
さらに、過去の数値を基にした財務レポートだけではなくて、過去の推移を基にしたキャッシュフロー予測や特定の変数を変更した将来のシミュレーション(例:売上が5%減少した場合など)も容易にできます。
単なる「数字の報告」から、経営者の意思決定を支える「未来の提案」へ。
顧問先への付加価値向上のために、税理士の役割をシフトさせていきましょう。
会計事務所が知っておきたいハルシネーション・情報漏洩リスクの実例と対策
AIは非常に便利で、業務効率化の可能性を多く秘めていますが、「ハルシネーション」と「セキュリティ」については必ず知っておく必要があります。
ハルシネーションの実例
ハルシネーションとは、AIが「もっともらしいウソをつく現象」のことです。
実際にAIに税務会計業務に関連する質問をして回答があった、ウソの典型的なパターンを4つご紹介します。
- パターン①
完全創作型AI 「令和7年から『DX促進税制』に代わり『AI活用促進減税』が始まりました」
実際は? そのような減税はなく、完全な創作です
根拠 AIは学習データにある「DX投資促進税制」などの似た制度名を見て、はやりの「AI」という言葉と組み合わせて、新しい制度を作り出してしまいます。もっともらしい名前なので信じてしまいがちですが、完全な創作です - パターン②
条件すっ飛ばし型AI 「青色申告の控除額は65万円です」
実際は? e-Tax使わないと55万円になるなど、条件によって控除額は異なります
根拠 税制には「原則はこうだけど、○○の場合は違う」という条件がたくさんあります。AIは最大値や一般的な数字だけを覚えていて、「e-Taxを使う」「電子帳簿保存をする」などの重要な適用条件を省略してしまう傾向があります - パターン③
時代錯誤型AI 「配偶者控除は一律38万円です」
実際は? 配偶者の所得によって控除額が異なります
根拠 インターネット上には10年前、20年前の古い税制情報もたくさん残っています。AIはこれらの古い情報と新しい情報を区別できず、すべて同じように学習してしまうため、改正前の古い制度を答えてしまうことがあります - パターン④
ごちゃ混ぜ型AI 「個人事業主の事業にかかる法人税率は23.2%です」
実際は? 個人事業主は法人税ではなく、所得税の事業所得として税額を計算します
根拠 「事業」と「税金」というキーワードから、AIは個人事業主の所得税と法人の法人税を区別できずに混同してしまいます。似たような文脈で使われる用語を正しく使い分けることが苦手で、全く違う税金の話をし始めることがあります
ハルシネーションが生じてしまう主な要因には、「プロンプトに問題がある」「AIの学習したデータに問題がある」「そもそも生成AIのモデルが古い」などがあります。
また、現状のAIは個別事情の理解が難しく、例えば医療費控除における「治療」の歯列矯正と「美容」の歯列矯正の区別がなかなかできなかったというような課題もあります。
ハルシネーションを完全に防ぐ方法は現状ありませんが、以下の方法でハルシネーションの発生確率を抑えることができます。
- プロンプトを工夫する
これに関してはご存じの方も多いと思いますが、できるだけ具体的な指示を出しましょう。
税法のルールは細かい要件がたくさんありますが、それらをできるだけプロンプトのなかに入れこむことが大切です。
また、AIは何とか回答しようとして、結果ウソの回答をすることがあるので、「分からない場合は分からないと答えてください」と付け加えるだけで、誤情報の生成を抑えられます。 - 学習データを管理する
生成AIの学習データを管理してあげれば、誤った情報を参照するのを防ぐことができます。
学習データの管理方法はいろいろありますが、例えばAIの返答を評価して回答の精度を上げていくものがあります。この手法をRLHF(Reinforcement Learning from Human Feedback)と呼びます。
他には、RAG(Retrieval Augmented Generation、検索拡張生成)といって、生成AIが任意のデータベースのみを情報源とするようにコントロールすることで、正しい情報のみを当該データベースに登録して、正確な回答を提示させる技術の活用も増えてきています。
忘れてならないセキュリティ対策
会計事務所が扱うデータは、究極の機密情報です。
顧問先の売上、利益、役員報酬、取引先リスト。
これらが流出することは、事務所の信用失墜だけでなく、顧問先の経営そのものを危うくします。
セキュリティ対策は、会計事務所におけるAI活用の大前提となります。
具体的に会計事務所が気を付けなければいけないことは、AIに入力したデータが学習され、他社への回答に使用されることです。
学習とは、AIがデータを記憶ではなくパターン化することです。
回答を覚えているわけではありませんが、影響が残ってしまうのです。
特定の名前や情報が何度も学習されるほど、その情報がAIの内部で強調され、回答に出やすくなり、学習した情報がそのまま出てしまうことがあります。
これを過学習といいますが、この現象がまさに情報漏洩そのものにつながります。
このような情報漏洩への対策としては、以下の方法があります。
- オプトアウト設定
オプトアウト設定とは、入力したデータをAIの再学習(精度向上)に利用させない仕組みです。
これを有効にすることで、顧問先の機密情報がAIの知識として蓄積・流出するリスクを遮断できる、実務上の必須項目です。 - 有料版の利用
無料AIは「無料でサービスを提供する代わり」に、ユーザーが入力したデータを学習に利用および保存し、サービスの改善のために再利用するという仕組みが組み込まれていることがあります。
そのため、ビジネス利用するのであれば有料版の利用が必須です。 - AI活用のガイドラインの作成
マイナンバーなどのセンシティブな情報の入力、事務所が許可していないAIツールの使用などを禁止したり、AIが作成した回答やレポートは必ず人の目でチェックを入れたりといったガイドラインを作成しておくことも重要です。



