BPOやAIツールを導入したのに、全く仕事が楽にならない…。それはおそらく改善策が“的外れ”だからです。税理士で業務設計士®を名乗る武内俊介氏の連載第10回は、なぜ改善が空振りに終わるのかの構造的な理由と、本当に見るべき指標=改善のモノサシについて解説します。

武内俊介
株式会社リベロ・コンサルティング代表取締役。業務設計士®、税理士。
金融、会計事務所、スタートアップなどを経て独立。日本で唯一の「業務設計士®」を名乗り、DXプロジェクトなどに際しての業務の整理や最適化、導入システムの選定などを独自のメソッドで支援する業務設計コンサルティングを提供している。初の著書、『業務設計の教科書』が2025年12月25日に技術評論社より発売。
また、boardのアンバサダーを務め、中小企業にとって「ちょうどいい」販売管理ツールであるboardの魅力をさまざまなところで発信している。
武内氏のnote・X
※この記事は、クラウド型業務・経営管理システム「board」の開発・運営などを行うヴェルク株式会社の協力でお送りしています
前回は、AIが普及する時代だからこそ「処理から設計へ」のシフトが求められるという話をしました。
ただ、締め日が迫り、ミスの対応に追われているとき、「まず設計を見直そう」などという発想は出てこないものです。
疲弊した状況であればなおさら、「外注できないか」「使えるツールはないか」という声が強くなります。
そうして取り組んだ改善策が、思ったより効果が出なかった。
こういうことが繰り返されていないでしょうか。
外注先を変えれば解決するのか。より高機能なツールに切り替えれば変わるのか。
多くの現場で繰り返される「改善の失敗」には、共通した構造があります。
そしてその構造は、業務を狭い範囲で見ていると決して見えてきません。
なぜそうなるのか。
今回はその構造的な理由と、業務改善のモノサシをどこに置くべきかを整理します。
なぜBPOで業務は変わらなかったのか
「経理処理なんて、誰でもできるんだから、外に出せばいいじゃないか」
月次の経営報告に使う数値の取りまとめが遅く、ミスも多数発生している企業がありました。
改善を求められた経理部長が「人手が足りない状況では難しい」と答えたとき、その場にいた役員から出てきたのが、冒頭の一言でした。
予算がつき、複数の経理BPO会社を比較検討した上で発注が決まりましたが、プロジェクトが動き始めてすぐに問題が起きました。
BPO側が処理を進めるために必要な書類やデータが、きちんと整備されておらず、確認連絡が頻繁に入るようになり、経理担当者はその対応に追われるようになったのです。
さらに納品された仕訳データには修正が必要な箇所が多く、結局、締め日前の残業時間はむしろ増えてしまいました。
ベテランの経験と判断で柔軟に対処してきたことが、マニュアルに反映されておらず、経理部長もその詳細を把握していなかったことがあだとなりました。
結果として、外注の効果はゼロ。半年後には元の体制に戻ることになったのです。
こういう状況に、心当たりのある方は少なくないのではないでしょうか。
このBPOの話は、特殊なケースではありません。
手段が変わっても、同じ構造の失敗は繰り返されます。
少し前、RPAが注目を集めた時期がありました。
請求書のデータ入力や会計ソフトへの転記をロボットに任せる。
導入直後は「入力作業が減った」と現場も手応えを感じます。
ところが、それによって月次の締めが早まったかというと、そうはなりませんでした。
入力の前後にある仕訳の確認、例外処理の判断、差し戻し対応は人手のままだったからです。
工程の一部を自動化しても、前後の確認作業や処理が変わらなければ、業務全体の処理時間は縮まりません。
「思ったほど効果は出なかった」「使える場面が限られる」という声が広がり、RPAへの期待は静かにしぼんでいきました。
これからはAI導入でも、同じような失敗が繰り返される可能性が高いと私は考えています。
SNSなどでは「この作業をAIで自動化した」という投稿があふれています。
ただ、その多くは小規模な作業レベルの話であり、業務プロセス全体に組み込んで安定運用され、業務プロセス全体の短縮にまでつながったという事例はまだほとんど見当たりません。
何らかの作業を自動化すれば、すぐに業務全体の生産性が上がるほど話は単純ではないのです。
製造業だけの話ではない ── 『ザ・ゴール』が教えること
「ロボットを使って、工場の生産性は本当に上がったのかね」
エリヤフ・ゴールドラット著『ザ・ゴール』に登場する、恩師ジョナの言葉です。
ロボット導入でひとつの部署の生産性が36%向上したと報告する主人公に対して、ジョナはこう続けます。
「ロボットを導入しただけで、君の工場からの収益が36%も増えたというのかい」。
返す言葉がありません。速くなったのはその工程だけで、工場全体の生産量は変わっていなかったからです。
この問いを、いまの会計業務に置き換えてみましょう。
「AIを使って、業務の生産性は本当に上がるのかね」。
そう問われたとき、「生産性は上がっています」と答えられる現場がどれほどあるでしょうか。
『ザ・ゴール』は1984年に出版されたビジネス小説で、「制約理論(TOC:Theory of Constraints)」を物語形式で解説しています。
制約理論の出発点は、「工場全体の生産量は、最も処理能力の低い工程によって決まる」という考え方です。
どれだけ他の工程を速くしても、その遅い1箇所(ボトルネック)が全体の処理上限を決めてしまう。
さらに問題なのは、ボトルネック以外の工程を効率化したとしても、仕掛かり品がボトルネックの手前に積み上がるだけで、全体のアウトプットは増えないということです。
ここで重要なのは、「問題のある場所」と「問題に見える場所」はたいてい違う、という点です。
工場でいえば、出荷が遅れているのは出荷工程の問題ではなく、その何工程も手前にあるボトルネックの問題です。
出荷担当者がどれだけ頑張ろうとしても、手前の工程が詰まっていて、製品が流れてこなければ出荷しようがありません。
先ほどのBPOの話を、この視点で捉え直してみましょう。
役員が「問題がある場所」として認識したのは、「経理処理の工数不足」でした。
だからBPOで処理を外出しすれば解決すると考えたのです。
しかし、実際のボトルネックは別のところにありました。
経理に届くまでの「書類やデータの整備」と、ベテランの暗黙知に依存した「判断プロセス」の言語化です。
これは工場でいえば、出荷の手前で詰まっている工程にあたります。
そこを変えないまま処理だけを外に出したため、BPO側も判断の拠りどころを持てず、確認が増え、修正が増えました。
ボトルネックでない工程にリソースを追加したとしても、成果にはつながらないのです。
「でも、それは製造業の話でしょう」と感じる方もいるかもしれません。
ただ、AIやクラウドサービスの普及によって、ホワイトカラーの業務プロセスも構造として可視化・整理できるようになってきました。
設計・判断・処理の流れを明確に整理できるようになったことで、制約理論の考え方は経理業務にも応用できます。
そしてAIが普及しつつあるいまこそ、「どこを改善するか」を正確に見極めることの重要性は増しているのです。



