人気連載第4弾! 東京、ニューヨーク、香港と渡り歩いた“旅するタックスアドバイザー”マリアが、実際に直面した税金に悩めるクライアントとのエピソードをご紹介。今回は少し視点を変えて、イスラエルから日本に駐在員として派遣されたエンジニアDさんの「社会保険」に関する事例です。

イスラエルの経済・文化の中心地テルアビブ

Photo by greissdesign

社会保険制度の構造

今回はまず、社会保険制度の構造について簡単に説明したいと思います。

社会保険制度は、日本の安定した暮らしを支えるための重要な仕組みです。しかし、日本の被雇用者世帯(サラリーマン・サラリーウーマン)が負担する社会保険料は年々高くなっています。

現在、被雇用者世帯が負担している社会保険の内訳は、「健康保険」「介護保険(40歳以上の場合)」「年金保険」「失業保険」の4種類です。この4つは、源泉徴収票の中には「社会保険料等の金額」として表示されています。

この4つが基本セットなのですが、さらに企業ごとの年金制度や退職金積立制度などがオプションとして加えられている場合があり、所得税、住民税、社会保険料、そしてこれら会社特有の制度にかかわる支払いを勘案すると、悲しいことに、手取り給与は額面と比べてとても小さな金額になってしまいます。

海外で働くなら知っておきたい「社会保障協定」

今や人間が国を超えて活動するモビリティーの時代。一人の人間が2国、3国以上の社会保険を負担する場合も事例として多くなってきたため、国と国がどの人からどれだけ社会保険料を徴収するか、その調整をする必要が出てきました。

というのも、2つ以上の国が同時に社会保険料の納入を請求する場合、社会保険の二重課税状態になってしまうことがあるからです。

そこで登場するのが、「社会保障協定」です。

これは、国と国同士が結ぶ、社会保障に関する振り分け規定のようなものです。各国の税制を調整する国と国同士の取り決めが租税条約ですので、ちょうど租税条約と対応するものと覚えられるかと思います。

社会保障協定を締結している国同士の間で転勤するサラリーマンの場合、たとえば日本からイギリスに3年間駐在員として派遣される場合、駐在期間中の社会保険料の支払いは、イギリスか日本かの一方へ振り分けられます。イギリスと日本の両方へ社会保険料を支払う必要はありません。

現在日本は、17カ国との社会保障協定を発行しており、加えて3カ国とは協定を締結済発行待ちの状態です(2017年8月現在)。

【締結及び発行済の国】
ドイツ、イギリス、韓国、アメリカ、ベルギー、フランス、カナダ、オーストラリア、オランダ、チェコ、スペイン、アイルランド、ブラジル、スイス、ハンガリー、インド、ルクセンブルク

【締結済未発行の国】
フィリピン、スロバキア、イタリア

逆にいうと、上記にない国と日本との間には、社会保険料に関する振り分け規定がありません。

二重にかかるのは税金だけではない

今回のクライアントは、イスラエルから日本に駐在員として派遣されたDさん。イスラエルと日本には社会保障協定が締結されていないため、Dさんはイスラエルで社会保険料を払い続けていたにも関わらず、日本でも社会保険料を払う必要がありました。この二重の負担には、Dさんの駐在の立て付けが他の人と異なっていたことも背景にありました。

Photo by acworks

Dさんの駐在期間は、イスラエル法人と日本法人との間の取り決めにより、18カ月と定められていました。18カ月間だけ日本法人へ出向し、期間の終了とともにイスラエルへ帰国する予定でした。Dさんが配属されたのは神奈川県ののどかな地域にある工場でした。

日本においては、外国人が1年を超える期間、日本に滞在する予定で入国する場合、入国の翌日から日本の居住者であるとみなされます。18カ月の駐在期間を予定して日本へ入国したDさんは、この規定により入国の翌日から日本の居住者となりました。そのため、日本での税金も社会保険料も、基本的に入国の翌日から負担をする必要がありました。

一方、イスラエル側での取り扱いはというと、Dさんは出国の翌日からイスラエルの非居住者と扱われることがありません。18カ月という期間はあくまで日本の基準であり、イスラエルにはイスラエル独自の居住者認定の基準があります。

イスラエル独自の居住者認定基準に照らし合わせると、Dさんは引き続きイスラエルの居住者となることが判明しました。

主な理由としては、
・持ち家がイスラエルにある
・引き続き家族がイスラエルに住み続ける
・日本駐在期間中の給与なども、イスラエル法人からDさんのイスラエルの銀行口座へ振り込みが行われる

など。イスラエルはこういった基準を、居住者認定のために採用しています。

私は6年間、国際税務の仕事を通して、二国間で二重に税がかかってしまう状態=二重課税の状態となっているクライアントの担当をしてきました。今回のDさんは、二重課税ばかりでなく、二重の社会保険料負担が強いられていたため、私の中でもレアケースであり、記憶に残っているのです。

さて、ここまでの説明で、彼の置かれた状況と、イスラエルおよび日本において社会保険料を納める必要があるということがお分かりいただけたかと思います。

しかし、ここでは終わりません。Dさんの社会保険料の納付には、大変な手間を要しました・・・。

サラリーマンの社会保険料の納付の仕方は、雇用者を通じて行うものが一般的です。日本法人から給与が支払われている場合、所得税や住民税のように、給与から天引きする方式で雇用者が社会保険料を徴収し、会社負担分の保険料と合わせて各自治体へ納付をします。皆さんの給与から社会保険料が天引きされているのは、このような立て付けがあるからです。

しかしDさんはというと、本給はすべてイスラエル法人から彼のイスラエルの口座へ振り込まれていました。

Photo by RJA1988

そう、日本法人から彼へのキャッシュアウトがなかったのです。これはつまり、日本法人が彼へ現金支給をしていないため、社会保険料を徴収する元資がないことにあります。

(会計士や税理士の皆様、ここでPEリスクについての疑問が浮かんだかもしれませんが、クライアントはきちんとイスラエル・日本法人間で付け替え請求を行っていました。あくまでご本人への現金支給が、イスラエル内で完結していたとい立て付けです)

法令の立て付けとしては加入義務があるが、雇用者を通じた納付が現実的に不可能であったDさん。ここで解決策として採用されたのは、国民年金・国民健康保険へ加入するということでした。

国民年金・国民健康保険は、自営業の方が加入するものとして有名かと思いますが、実はDさんのように、日本で雇用されているにも関わらず、ペイロールの立て付けから雇用者を通じた保険料納付ができない個人も、この制度を利用することで法令順守を完結することができるのです。

私たちは区役所に行って、国民年金・国民健康保険の加入手続きを行いました。

日本語を全くしゃべれないDさんに、英語を全くしゃべれない市の職員・・・。ここは私たちサービス業である税理士法人の担当者が間に入り、手取り足取りサポートをさせていただきました。

Photo by oldtakasu

結局、彼の納付した保険料より、私たち税理士法人のサービス料の方が高かったというのが今回のオチ!


今回のケースの結論:「海外異動をするときは、社会保険料の二重負担も念頭に置いて!」