所得税法30条《退職所得》は、「退職所得とは、退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与(以下この条において『退職手当等』という。)に係る所得をいう。」と規定します。退職所得は、勤務年数に応じた退職所得控除に加え、2分の1課税がなされるなど、課税上大きな優遇措置が設けられていますが、何をもって退職所得とするのかは判例に拠るところが大きいものと思われます。今回は、退職所得該当性に関する通説的な判断基準と、定年再雇用との関係を考えます。

5年退職金事件
退職所得課税を巡る非常に有名な事件として、いわゆる5年退職金事件上告審最高裁昭和58年9月9日第二小法廷判決(民集37巻7号962頁)があります。この事件では、勤続満5年に達するごとに支給する旨の退職金名目の金員が所得税法上の退職所得に当たらないと判断されましたが、退職所得該当性判断についての3つの判断基準が示されています。最初に判決文を確認してみましょう。
「従業員が退職に際して支給を受ける金員には、普通、退職手当又は退職金と呼ばれているもののほか、種々の名称のものがあるが、それが法にいう退職所得にあたるかどうかについては、その名称にかかわりなく、退職所得の意義について規定した…法30条1項の規定の文理及び右に述べた退職所得に対する優遇課税についての立法趣旨に照らし、これを決するのが相当である。」
「かかる観点から考察すると、ある金員が、右規定にいう『退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与』にあたるというためには、それが、(1)退職すなわち勤務関係の終了という事実によってはじめて給付されること、⑵従来の継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払の性質を有すること、⑶一時金として支払われること、との要件を備えることが必要であり、また、右規定にいう『これらの性質を有する給与』にあたるというためには、それが、形式的には右の各要件のすべてを備えていなくても、 実質的にみてこれらの要件の要求するところに適合し、課税上、右『退職により一時に受ける給与』と同一に取り扱うことを相当とするものであることを必要とすると解すべきである。」
この判断は、その後のいわゆる10年退職金事件上告審最高裁昭和58年12月6日第三小法廷判決 (集民140号589頁)と並んで、所得税法上の退職所得の判断において、常に引用されるほど重要な最高裁判例であるといってよいでしょう。
退職所得の3つの判断基準と雇用関係の変化
さて、5年退職金事件最高裁判決が示すとおり、対象となる退職手当等の金員が退職所得に該当するか否かの判断に当たっては、次の3点から判断がなされています。
① 退職すなわち勤務関係の終了という事実によってはじめて給付されること:勤務関係の終了
② 従来の継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払の性質を有すること: 労務対価の後払い的性質
③ 一時金として支払われること:一時払い
5年退職金事件最高裁判決の判断を踏襲し、多くの事案においてこの3つの判断基準によって退職所得該当性の有無が判断されていますが、ここにいう①の要件については、最近の雇用環境の変化の影響を受けるものではないかと懸念します。
再雇用制度が多くの企業において採用されている今日、再雇用制度を選択した従業員についても一旦退職手当等が支払われるといったことはしばしばあるでしょう。
さて、こうした再雇用を前提とした中で退職手当等として支給された金員は、退職所得に該当すると考えてよいのでしょうか。
この点については、課税実務上、所得税基本通達が発遣されており、これに沿った税務上の取扱いが支配的であると思われるので、同通達も確認してみまししょう。
すなわち、所得税基本通達30-2《引き続き勤務する者に支払われる給与で退職手当等とするもの》は、「引き続き勤務する役員又は使用人に対し退職手当等として一時に支払われる給与のうち、次に掲げるものでその給与が支払われた後に支払われる退職手当等の計算上その給与の計算の基礎となった勤続期間を一切加味しない条件の下に支払われるものは、…退職手当等とする。」とします。
そして、「いわゆる定年に達した後引き続き勤務する使用人に対し、その定年に達する前の勤続期間に係る退職手当等として支払われる給与」を掲げているとおり、再雇用制度が選択されていたとしても、退職手当等として支給された金員は、一定の条件の下で退職所得に該当するとするのが現在の課税実務であるといえるでしょう。
しかしながら、繰り返しになりますが、上記①の勤務関係の終了を重視するのであれば、このような取扱いには疑問を挟む余地もありそうです。
同一労働同一賃金
平成28年5月13日、東京地裁でいわゆる長澤運輸事件に関する判決が下され、同一労働同一賃金の考え方が示されています。
同事件は、運送会社の運転手が定年再雇用された後、定年前と同様の運送業務に従事していたにも関わらず、定年前よりも賃金が減額されたことについて、労働契約法20条《期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止》違反であるとして、定年前の正社員当時と同様の賃金の支払を訴えたもので、東京地裁平成28年5月13日判決(判時2315号119頁)は、かかる賃金減額を否定しています。
もっとも、同事件は控訴審東京高裁平成28年11月2日判決(判時2331号108頁)において逆転こそしていますが、このような同一労働同一賃金を法的に妥当とすることは、勤務関係が終了していないことの証左であるともいえるのではないでしょうか。
退職前と同様の勤務、同様の賃金という事実は、「勤務関係の終了」を実質的に否定していることにもなるように思われます。
昨今注目を集めている働き方改革における同一労働同一賃金の議論は、租税法とその解釈適用にも大きな影響を及ぼすのではないかと考えます。