法律には明らかに法律用語として用意された概念が使用されることもあれば、一般的な用語がそのまま使用されていると見受けられる場合もあります。概念の理解に当たっては、それがその法律に特有の概念であるのか、それとも何らかの社会通念等を反映させるべきなのかを検討する必要がありますが、租税法領域においてもこうした概念論を巡って多くの事件が起きています。今回は「徘徊」という用語に注目して、そこに潜む問題点を探ってみましょう。

「徘徊」という用語が持つ意味
一般に、「徘徊(はいかい)」は認知症患者に見られる現象としてよく知られています。
しかしながら、この「徘徊」という言葉は最近使用を控える傾向にあるようです。
例えば、朝日新聞は、「今後の記事で、認知症の人の行動を表す際に『徘徊(はいかい)』の言葉を原則として使わず、『外出中に道に迷う』などと表現することにします。今後も認知症の人の思いや人権について、本人の思いを受け止め、様々な側面から読者のみなさんとともに考えていきたいと思います。」とコメントを発しています(朝日新聞デジタルニュース平成30年3月24日)。
また、同記事によると、厚生労働省は、「徘徊」という用語の使用制限などの明確な取り決めはないものの、「『徘徊』と言われている認知症の人の行動については、無目的に歩いているわけではないと理解している。当事者の意見をふまえ、新たな文書や行政説明などでは使わないようにしている」(認知症施策推進室)としているといいます。
徘徊の研究における主な問題の一つに、「徘徊」に関して世界共通の定義が存在しないことがあるといいます。徘徊に対するさまざまな研究が行われている中、研究者の間でも「徘徊」の定義が異なっているようです。少なくとも、一致している定義は、認知症者にみられる歩行という現象だけといわれています(矢山壮ほか「認知症高齢者における徘徊の客観的な測定方法」山川みやえ=牧本清子『よくわかる看護研究論文のクリティーク』305頁〔http://jnapcdc.com/cq〕)。
「徘徊」と租税法
さて、徘徊という言葉は、実は租税法と無関係ではありません。以下では、租税法とのかかわりについて考えてみましょう。
例えば、租税特別措置法70条の4《農地等を贈与した場合の贈与税の納税猶予及び免除》22項は、一定の受贈者が、障害、疾病その他の事由により同項本文の規定の適用を受ける農地等について当該受贈者の農業の用に供することが「困難な状態」として政令で定める状態となった場合に、当該農地等について地上権等の権利設定に基づく貸付け(営農困難時貸付け)を行ったときは、当該営農困難時貸付けを行った日から2か月以内に、農業経営は廃止していないものとみなす旨を規定しています。
かかる措置法の取扱いの詳細は割愛しますが、委任を受けた租税特別措置法施行令40条の6《農地等を贈与した場合の贈与税の納税猶予及び免除》51項は、当該受贈者が要介護認定を受けているなどの状態を「困難な状態」としています(同項3号)。
そして、ここにいう「要介護認定」について、租税特別措置法施行規則23条の7《農地等を贈与した場合の納税猶予を受けるための手続等》33項は、「要介護認定等に係る介護認定審査会による審査及び判定の基準等に関する省令(平成11年厚生省令第58号)1条《要介護認定の審査判定基準等》1項5号に掲げる区分」としています。
さらに、同省令は、この審査判定を要介護認定等基準時間に基づいて判断することとしているのですが、同省令3条は、この基準時間について、当該被保険者に対して行われる特定の行為に要する一日当たりの時間として、厚生労働大臣の定める方法により推計される時間とします。
そして、その3号には、「徘徊に対する探索、不潔な行為に対する後始末等」が含まれており、贈与税の納税猶予及び免除認定に当たっても、「徘徊」が関わりを持っているのです。
さて、「徘徊」という用語の明確な定義がなく、少なくとも、一致している定義が「認知症者にみられる歩行」程度であったり、社会通念における「徘徊」が「外出中に道に迷う」などという意味であったとしたとき、法律概念としての「徘徊」とはどのように解釈すべきなのでしょうか。
ここで法律概念としての「徘徊」に積極的な定義付けを行うことはできませんが、社会通念と法律概念の間に隔たりが生じる可能性は否定できそうにありません。