国税OB税理士が監修。公認会計士・税理士・会計事務所・企業経理担当、税金・会計に関わる“会計人”がいま必要な情報をお届けします!

会計人ニュース

注目キーワード

  • KaikeiZine
  • ライフスタイル
  • 【“旅する女性タックスアドバイザー” 世界の税金問題】第22回/抗議デモに揺れる香港。デモ隊と対峙する、警察の予算と残業代はどうなっている?

【“旅する女性タックスアドバイザー” 世界の税金問題】第22回/抗議デモに揺れる香港。デモ隊と対峙する、警察の予算と残業代はどうなっている?

人気連載第22弾! 東京、ニューヨーク、香港と渡り歩いた税制コンサルタントMariaが、あらゆる国の税に関するエピソードをご紹介。今回は、デモ活動真っただ中の香港に住む筆者が、旬な話題を交えてお知らせします。

香港の逃亡犯条例の改正案がきっかけで始まった抗議活動

日本でも連日報道されているかと思いますが、私の住む香港では現在、反政府抗議活動が盛んに行われています。

抗議のコメントがポストイットに書かれ、街のいたるところに貼られています

一連の報道を見た両親や友人たちが、私たちの安全を確認するために連絡をくれます。正直なところ、毎週末抗議活動が各地で繰り広げられているものの、生活レベルへの差し迫った危険はありません。私たちの住んでいるエリアが中心地から少し離れていることもありますが、それだけでなく、報道されるような過激な対峙はごくごく一部であるのが事実です。

今回の抗議活動は、香港の特徴的なシステムの“ひずみ”を浮き彫りにしました。低税率国として高所得者層に人気であるものの、現地の方の給与水準は著しく低いこと。不動産価格が世界一高く、極めて狭いスペースにとても高額な家賃がかかること。そして、2014年の雨傘運動が不完全燃焼で終わったこと。何よりも、一国二制度のイデオロギーが崩壊しつつあること……。

抗議活動は、香港市民VS香港政府という単純構造ではありません。さまざまな知人と抗議活動について話すと、香港市民の中にも政府を支持する層が相当数いることが分かります。また、香港の方たちは広く海外に出ているので、海外在住の香港人であったり、海外から帰ってきたばかりの香港人であったり、さまざまな立ち位置と視点が入り組んでいます。いわゆるエリート層の香港人には、一定数抗議活動に無関心だという人もいるのが事実です。

そんなさまざまな視点の人が民主主義について戦う香港の現状は、大まかに捉えると、若年層に抗議活動支持派が多く、シニア層に政府支持派が多くなっていると感じます。例えば私の大学院の友人たちの多くは、抗議活動に積極的に参加しています。しかし友人の親類たちは政府支持派であることもあり、そういった場合には家族の中でも亀裂が生じてしまっているようです。

集会を呼びかけるポスター

抗議活動と警察予算

抗議活動に関する一連の報道は、デモ隊と警察隊との対峙に焦点が当てられているように感じます。

警察隊は、抗議活動がある度に各地へ派遣されていきます。抗議活動は毎週末あらゆる地域で同時に繰り広げられるため、警察隊はフル稼働状態です。言葉を変えると、毎日残業し、かつ休日出勤しています。

このような状況のため、警察予算の多くが警察隊への残業代の支払いに充てられることになります。実際に、2014年の雨傘運動の際の警察予算の支出を見てみると、いかに警察隊に“残業代”が増えたかが分かります。

下記は、警察支出のうち、警察隊への給与と手当のみを取り上げて前後の年と比較したものです。2014-15年度の諸手当が、前年と比べ一気に3倍になっているのが分かります。

今回の抗議活動は、雨傘運動と比べると、はるかに大規模かつ長期化しています。なので、2019-20年の警察予算の決算が出そろった際には、ここの数字がどれだけ大きくなっているかを見ると、いかに大規模なものであったかが改めて分かるかと思います。

この予算、国民が税を通して負担しているかというと、そうでもないのが事実です。

香港は低税率国であると同時に、税を負担している人の母体が極めて一部に集中しています。これは基礎控除のようなものが高く設定されており、低~中所得の場合ほとんど税金がかからないためです。

例えば個人の負担する所得税でいうと、香港では労働人口の3割ほどしか個人税を負担していないとう統計が出ています(Salaries Tax / Personal Assessment)。それだけでなく、香港における労働人口は350万人ほどですが、その中でも上位50万人が95%の個人税を負担しています。

さらに香港の歳入ののぞいてみると、そもそも歳入に対する個人の税負担割合はとても低くなっています。政府の金融資産や不動産の運用益が大きな収入を構成しているのです。個人税は、歳入のうち11%を占めるにすぎません。GDPと税収を比べるTax to GDP ratioは、12~13%と世界でも最も低くなっています。なお参考までに、日本のTax to GDP ratioは約36%、アメリカは27%、イギリスは35%、デンマークは50%です。

香港の歳入に対する個人税の割合がいかに少ないか、以下のグラフをご参照ください。2017-18年度の決算を見ると、歳入はおおまかに以下の構成でした。

参照:Hong Kong Census and Statistics Department

デモをけん引しているのは主に若者です。彼らは主な個人税の負担者ではないため、自分たちのお金で目の前の警察を雇っているわけではなさそうですね。

香港で感じる、市民の不満

さて、なぜこんなにもデモが長期化しているか少し考えたいと思います。

報道済みの事実かと思いますが、そもそものきっかけは、逃亡犯条例の改正案が香港の行政長官、キャリー・ラムによって発議されたことです。この改正案は、台湾で起きた事件がきっかけです。

昨年、香港パスポートを所有した男性が、台湾において妊娠中の交際相手を殺害し、香港へ逃げ帰りました。台湾警察は香港へ身元の引き渡しを要請しましたが、香港は台湾と逃亡犯条例を結んでいなかったため、男性は台湾に引き渡されなかったのです。

親中とみなされる政治家のポスターには、このような落書きがされています

これを受け、なぜ先進国である香港が(正確には国ではありませんが)、台湾、そして大陸中国と逃亡犯条例を結んでいないのかが疑問として持ち上がりました。逃亡犯条例(“犯罪人引渡条約”とも言われます)は、国と国とが結ぶ二国間条約です。一方の国の警察が、他方の国へ、自国で起訴したい者の身柄の拘束と引渡しを要求するものです。なお例外はEU諸国で、その地域では“欧州犯罪人引渡条約”として、多国間での条約となっています。

この条約、多くの先進国間では当たり前のように結ばれています。例えばフランスは96ヵ国と、アメリカは69ヵ国と、イギリスは115ヵ国とそのような条例を結んでいます。ちなみに日本は例外的に少なく、2ヵ国(アメリカと韓国)としか結んでいません……!

香港はというと、現在20ヵ国と引渡条約を結んでいます。(オーストラリア、カナダ、チェコ、フィンランド、フランス、ドイツ、インド、インドネシア、アイルランド、韓国、マレーシア、オランダ、ニュージーランド、フィリピン、ポルトガル、シンガポール、南アフリカ、スリランカ、イギリス、アメリカ)ここに中国および台湾を含めようというのが今回の改正案です。

しかし香港の民衆は、これに大きなNOを出しました。中国では「法の支配」よりも恣意的な行政の行為が勝ると思われているためです。人為的な拘束や送還が危惧されること、そして香港における言論の自由が形骸化してしまうこと、などが危惧されたのです。

法の支配」とは、統治される側の私たちだけでなく、統治する側の行政も、法に則ってこうどうすべきという英米法の基本原理です。恣意的な政府になってはいけないということですね。

香港は「法の支配」としてもその信頼度が高く、World Justice Projectの公表する“Rule of Law index”によると、126ヵ国中、世界第4位を誇っています。一方、中国の「法の支配」の信頼度は低く、同ランキングでは82位となっています(World Justice Project, Rule of Law index 2018)。

香港市民は、中国本土の法の支配を信用していないのです。いったん逃亡犯条例が可決されると、恣意的な拘束や送還が始まってしまうのではと危惧されたのです。

デモ隊のシンボルは黒です。街のあらゆるところに、黒いメッセージが刻まれています

しかしそれ以上に、過去の抗議活動の不完全燃焼が、今回抗議活動が長期化している理由と感じます。

大規模な抗議活動としては、まず2011~2012年に、中国本土の「国民教育」が香港において義務化される法案が出ました。それに対し、約9万人が抗議活動に参加しました。香港における反対運動は当時の行政の反応を超えるものになり、結果、当該教育を行うことは“義務ではない”という妥協法案が可決されました。

2回目は2014年、1人1票の普通選挙を訴える“雨傘運動”が繰り広げられました。傘を開いた群衆が行進する写真はとても印象的で、読者の皆様も一度目にしたことがあるのではないでしょうか。この運動は総計120万人が参加したと報道されています。しかし香港において、未だに真の普通選挙は実現されていません。香港の行政長官は、中国本土の委員会で指名を受けたものの中から選ばれるのです。

そして3回目が今回の抗議活動です。2014年の運動で実現されなかった普通選挙への不満を抱えた香港市民たちの、怒りの爆発とも受け取れます。6月には、約200万人が集まり、大きな集会とデモ行進をしました。香港の人口は約740万人なので、その関心の高さが伺えます。

このような状況の中、今後香港がどうなっていくのか、私たちの周りでも、国籍を超えて、毎日さかんに議論されています。ここまで世論が二分され、交じり合わないのことが日本にはあるでしょうか……?

イギリスではBrexit派と残留派が対峙し、アメリカでは共和党派と民主党派に分かれています。今回の香港においても、デモを支持する人と政府を支持する人は完全に意見が分かれており、妥協点がありません。

今日の結論:みなさんは一連の抗議活動について、どのような意見をお持ちですか?

 

著者: ワタナベマリア

旅するタックスアドバイザー

香港在住の税制コンサルタント。過去に東京、ニューヨーク、香港にて国際税務アドバイザーの仕事を行う。世界中を旅する会社人に各国の税制のアドバイスを行う中で、制度比較から見えてくる税金のおもしろさを広めようと執筆を始める。現在は香港大学大学院で国際法及び租税法の研究中。慶應義塾大学法学部卒。

ページ先頭へ