公認会計士や税理士という職業は、その資格自体にはいわゆる「定年」というものがありません。 したがって、筆者もそうですが、大学を卒業して監査法人や会計事務所に入り、「この仕事一筋」という方も多いのではないでしょうか。 「もし、この仕事についていなかったら」とか、あるいは「別の仕事に就くとしたら」と仮定の話を思い描いたことがある方も多いかと思います。高齢化社会において、最近では人生100年時代ともいわれています。 この長寿の時代では「教育」→「仕事」→「引退」という3つのステージを生きるのではなく、何度も自らを変身させて「マルチステージ」を生きることが重要になってきています。その本質は、一つの仕事にこだわらず仕事を変えていく、ということであり、すなわち「キャリアを多様化する」ということのようです。そんなマルチステージを生きるにはどのような力を身に着ければよいのか?あるいはそんな時代に企業側はどう対応すればよいのか?皆さんと一緒に考えてみたいと思います。まずは米国で起きていることを紹介します。
この記事の目次

「人生は一度きり」と続々と社員が会社を退職する!
米国では昨年来から「グレート・レジグネーション(Great Resignation)/大量離職時代」の問題が企業経営者を悩ませているようです。
2020年、米国では新型コロナウイルスの流行で都市が次々と事実上の閉鎖に追い込まれ、企業が従業員の解雇を余儀なくされました。
企業は解雇や雇止めを余儀なくされ、労働者は仕事がない間に改めて自分の人生を振り返り、次第に「どうせならやりたい仕事をして暮らしたい」と考えるようになったようです。
その結果、2021年の春ごろから米経済が復調の兆しを見せて、雇用を拡大に踏み切っても、仕事に戻らない決断をする自発的な失業者が増加したようです。そればかりか、仕事を持っている方も会社を去る(退職する)ケースが増加したといわれています。
(米労働省労働統計局によると2021年8月の農業以外の離職率2.9%で、2000年以来の集計開始から最も高い数字を記録したようです)
企業のリスキリング(学びなおし)競争
そこで起きたのが大企業を中心とした、企業間の「リスキリング競争」です。
米国大手小売りのウォルマートは時給労働者向けに「1日あたり1ドル」で大学の学位が取得できるプログラムを改良し、全額を会社が負担すると発表しました。アマゾンをはじめ他の有力な企業も同様の制度を立ち上げると発表しているようです。
また、どうやら米国ではリスキリングを「従業員の再教育」とだけ捉えるのではなく、それに加えて企業側の明確な目的があるようです。自分の会社にとどまってほしい、或いは退職しても戻ってきてほしいという基本的な狙いはあるにせよ、その枠を超えて、すなわち「人材獲得」以外にも「市場獲得」や「ブランド強化」といった複合的な目的を持っていると感じられます。
さらには、学びなおし、のための「研修プログラム」は、社員ではない企業の外部の人にも幅広く提供され、社会貢献性を強くアピールしているようです!
(ここまでは、前回の経営の羅針盤 第21回/転職先を選ぶポイント-2つタイプの「ブラック」とリスキリングでもほぼ同様のことを述べました)
日本のリスキリングの状況は?
一方、日本の状況はどうでしょうか?
人材会社サービス会社のビズリーチの調査によると2つの特徴が浮かび上がってきています。1つは企業も個人もリスキリングは必要不可欠と考えていること。もう1つは、個人に比べて企業の危機感が薄いことだそうです。これは、短期化する企業の寿命に対し、働く期間である労働寿命は長期化していることに対する個人の焦りの表れ、と考えることが来ます。
また、4割強の企業が「リスキリングが昇給の対象になる」と回答したものの、年間の昇給額は月額5万円未満の企業が3割強を占めたことが浮かび上がってきたようです。
つまり、これではリスキリングに対するインセンティブが十分ではなく、また言い方を変えると、会社の人事制度が追い付いていないといえると思われます。(いわゆる企業研修の一環としてのリスキリングにとどまっている、ということでしょう)
足元では、米国では日本と同じく、少子高齢化に伴う「人手不足」が企業を苦しめているといわれています。
日本企業はいったいどうすればいいのでしょうか?
答えの1つは冒頭の米国企業のように、「人材獲得」という狭い概念を超えてのリスキリング制度に思い切って舵を切ることなのかもしれません。
ある公認会計士のキャリア
さて、少し話を変えましょう。
昨年末、リンダ・グラットンの「ライフシフト2」が発売されました。「ライフシフト」については、拙著の本コラム第12回で少しだけ紹介しましたが、今回その続編が出版されたのです。
この本の中に、会計士イン氏という方が登場します。イン氏はオーストラリアのシドニーの会計事務所で働いているという設定です。少しイン氏のことを紹介しておきます。
イン氏は、65歳まで働いて引退するつもりでいましたが、55歳にして6カ月後の解雇を言い渡されてしまいます。勤務先の会計事務所がAIに投資したことで、携わっていた業務が自動化されて、年齢と職務経歴の長さに見合う給料を支払えないと判断されたようです。職を失うという現実を突きつけられ、彼は改めて自分の人生について考え直し始めます。
必要なことは、新たにやりたいことを見つけ、そのために要求される新しいスキルを身に付けることです。
イン氏は、自らの今後の「ありうる自己像」を探索し、さまざまな選択肢を検討していきます。彼には、他の会計事務所で似たような職を見つけるか、フリーランスの会計士になるか、いずれかの選択肢が真っ先に思い浮かぶでしょう。
しかしこの選択肢では、今までとアイデンティティが大きく変わることはありません。さらに検討を重ね、これまでとは全く畑の異なる、「コーチング」の講師をしてみたいと考えるようになります。
そして彼は行動を開始します。
コーチングの講座を受け、ボランティアに参加し、フリーランスの会計士としても働き……そうして行動を重ねると、関わる人々も変わっていきます。彼は新たなコミュニティの中で、様々な価値観に触れながら、さらに自らの選択について再検討していきます。
「検討」→「選択」→「行動」を繰り返し、やがて彼は1つの結論を導き出す、という内容でした。
会計士だって、その気になれば会計士以外のキャリアが十分に再構築できる、ということでしょうか!
よく雑誌等で、「AI」や「消えてなくなる職業」の特集が組まれると、我々会計士、税理士は常に上位にランクインしてしまいますね。「ライフシフト2」では、どこにでもいる誰かのストーリーがイン氏も含めて7名分登場します。