今回は、インボイスの「保存」の意義について考えてみたいと思います。

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仕入税額控除は納税者の権利か?

消費税法は、消費一般に対して広く公平に税負担を求め、原則として、国内におけるすべての財貨の販売・サービスの提供などを課税の対象とする一方、事業者段階における税の累積を排除するため、所謂前段階税額控除制度を採用し、売上に係る税額から仕入れに係る税額を控除する(仕入税額控除)仕組みを採用しています(税制改革法10②、法30①参照)。

消費税は課税資産の譲渡等を課税標準とし(法28①)、「行為税」として個々の取引時に「納税義務が成立」するという基本的性格を有しており、所得税や法人税のように一定期間の終了を待って納税義務が成立する「期間税」とは異なります。

そうすると、取引の売手は、取引の成立時点で納税義務を負うことになり、他方で買手は、税の累積を排除するため、売手側で成立した納税義務を観念する仕組みが必要で、この両者を橋渡しするものが正にインボイスということになります。

すなわち、買手から見て、インボイスを使って仕入税額控除を行うことは、買手にとって当然の権利ということがいえそうです。

このように、消費税(及び世界各国で導入されている付加価値税等)において、インボイス制度は欠くことのできない必要条件といえますが、我が国では、消費税法導入時の納税者の事務負担軽減という観点から、インボイス制度導入は見送られ、帳簿方式が導入され[1]現在まで至ったというのは本稿第1回[2]で指摘したとおりです。


[1] この点につき、三木義一「消費税法の基本構造と対価~誤った趣旨解釈への反論」(税理・2014年3月号)149頁は、「取引時に税額票(筆者注:インボイスのこと)を交付せずに、帳簿で判断し、課税期間終了後に申告を通じて確定していくうちに、実務は『対価』概念を期間税的に変容しはじめ、裁判例がそのような取扱いを安易に肯定し、行為税の性格と全く相容れない解釈を展開し始めている。」と述べている。

[2] https://kaikeizine.jp/article/31405/

仕入税額控除の要件

仕入税額控除の要件

他方、消費税法は、買手の仕入税額控除の適用要件を規定しており、消費税法導入当初より、帳簿及び請求書等[3]の「保存」を義務付けております(法30⑦)。

この適用要件を設けた趣旨につき、後述する最高裁平成16年12月16日判決(平成16年最判)は、次のように判示しており、専ら徴税上の必要性が重視されたことが窺えます。

法30条7項の規定の反面として、事業者が上記帳簿又は請求書(筆者注:脚注3を参照)を保存していない場合には同条1項が適用されないことになるが、このような法的不利益が特に定められたのは、資産の譲渡等が連鎖的に行われる中で、広く、かつ、薄く資産の譲渡等に課税するという消費税により適正な税収を確保するには、上記帳簿又は請求書等という確実な資料を保存させることが必要不可欠であると判断されたためであると考えられる。

そこで問題となるのが、税務調査の際に、納税者が帳簿及び請求書等を提示しなかった場合に、果たして法30条7項にいう「保存しない場合」に該当するか否かという点です。

これについては新旧複数の裁判例があり判断は異なっていますが、以下で検討する最高裁判例が出されたことで、(以下で述べる批判はあるものの)現在では一応の決着を見ております。

最高裁平成16年12月16日判決[4]

  • 事案の概要

本件は、大工工事業を営む個人事業者Xが消費税の確定申告をしなかったため、所轄税務署Yの職員が、税務調査に協力するようXに求めたところ、Xは一部の領収書を提示しただけで、その他の帳簿書類等を提示しませんでした。

そこでYは、反面調査で把握したXの総収入金額に基づき消費税額を算出し、仕入税額控除を適用せず(上記一部の領収書についてのみ認容)、決定処分等をしたところ、Xはこれを不服として出訴しました。

  • 最高裁の判示

最高裁は、帳簿及び請求書等の「保存」の意義について、以下のように判示しました。

法30条7項は、法58条(筆者注:帳簿の備付義務の規定)の場合と同様に、当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿又は請求書等が税務職員による検査の対象となり得ることを前提にしているものであり、事業者が、国内において行った課税仕入れに関し、法30条8項1号所定の事項が記載されている帳簿を保存している場合又は同条9項1号所定の書類で同号所定の事項が記載されている請求書等を保存している場合において、税務職員がそのいずれかを検査することにより課税仕入れの事実を調査することが可能であるときに限り、同条1項を適用することができることを明らかにするものであると解される(下線筆者)。

すなわち最高裁は、「保存」という文言が意味する納税者の能動的な行為のみならず、他者である税務職員が検査することにより課税仕入れの事実を調査することが可能であるときに限り、仕入税額控除を適用することができるという判断の枠組みを示したのです。

かかる判断を基に、最高裁は、本件につき以下の様に結論付けました。

事業者が、(中略)、法30条7項に規定する帳簿又は請求書等を整理し、これらを所定の期間及び場所において、法62条に基づく税務職員による検査に当たって適時にこれを提示することが可能なように態勢を整えて保存していなかった場合は、法30条7項にいう「事業者が当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿又は請求書等を保存しない場合」に当たり、事業者が災害その他やむを得ない事情により当該保存をすることができなかったことを証明しない限り(同項ただし書)、同条1項の規定は、当該保存がない課税仕入れに係る課税仕入れ等の税額については、適用されないものというべきである(下線筆者)。

平成16年最判の結論は、その後の裁判例[5]でも踏襲され、現在に至っております。


[3] もっとも、消費税法導入時は、「帳簿又は請求書等」の保存が要件であったが、平成6年11月の改正で、「帳簿及び請求書等」の双方の保存が必要とされ、適用要件が厳格化された。

[4]  平成13年(行ヒ)第116号(TAINS:Z254-9860)

[5] 最判平成16年12月20日(後述)、最判平成17年3月10日等