東京、ニューヨーク、香港と渡り歩いた“旅するタックスアドバイザー”マリアが、世界の税金問題のケーススタディを、実体験を基にお届けします!第2回は、ニューヨークで直面した、税金に悩めるクライアントとのエピソードをご紹介。
本日のクライアントは、シンガポール行きを見据えるニューヨーカー
昨今、大手企業のコンプライアンス(法令順守)に対する世間の目は、ますます厳しくなっています。2016年9月には、米国企業・アップルの日本法人子会社「iTunes」が、所得税の源泉徴収漏れで約120億円を、東京国税局から追徴課税されました。
そして、まさに同じ年、同じ月、私はこんなことを提案してくるお客さんと出会いました。これは、私がニューヨークに勤務していたときのエピソードです。
・・・さて、今日のクライアントは米国人の金融マン、Y氏。ニューヨーク生まれ、ニューヨーク育ちの、生粋のニューヨーカーです。
彼は現在勤めている会社とは別の、これまた超優良米国企業から、採用オファーを受けていました。そしてその超優良米国企業は、彼を採用した後すぐに、彼をシンガポール法人所属にしたいと考えていました。
そのためオファーを出したこの会社は、彼がそれを受ける前に、私が所属する会計事務所に連絡をしてきた、というわけです。税的なインパクトを彼にアドバイスすることで、その点も含めて、彼がオファーを受けるかどうかを総合的に判断できるようにするためでした。
ちなみに、転職のハードルって、日本でも下がっていますよね。終身雇用が前提だった時代も確かにありましたが、今はそうではありません。私の周りには、転職を選択していない人の方が少ない気がします。特に、外資系企業に勤めている人に、その傾向は顕著ではないでしょうか。
私は2015年から2017年初旬にかけて、ニューヨークで働いていました。当時、周りのビジネスマン・ビジネスウーマンは、より良いチャンスがあるなら会社を変えるのは当然!…というスタンスで仕事を選択しているようにみえました。
日本の大企業と違い、新入社員としての採用の時点で専門的な領域を持つ人が多いので、その領域を軸に会社という箱だけを変えていく感覚なのでしょう。
税を“戦略的”に考えるエンプロイーが多い米国
さて、Y氏の話しに戻る前に質問ですが、この記事を読んで下さっている皆様は、きっと第1回の記事も読んでくれていますよね!?…なんて、厚かましいでしょうか。
もしまだ読んでいないという方がいましたら、ぜひ一度お目通しいただけると嬉しいです!
第1回/メーカー女子が日本からドバイへ2年の駐在。ドバイは所得税ないって聞いてたのに?
前回は、1つの企業の中で「海外駐在」になった、OLさんについての記事でした。日本の企業に勤めているOLさんが、日本の会社の業務命令でドバイ駐在になります。駐在期間中も日本の会社に所属し続けますし、給与体系や手取りも日本勤務時代のものが保証されていました。
しかし、今回のクライアントのケースは全く違います。
前述のとおり、本日のクライアントは、米国人のY氏。そのY氏が転職しようとしている米国企業は、Y氏をシンガポール子会社の現地社員として送り込もうとしていました。これは「海外駐在」ではなく、「転籍」または「海外現地採用」と呼ばれる国際人事です。
では、「転籍」または「海外現地採用」で海外の拠点に移ると、税負担はどのような扱いになるのでしょうか。
答えは、税や社会保障の面において、転籍先での責任が、基本的にすべて自己負担となります。転籍先の国での税金を自分で払う、つまり、転籍先の国で働いているローカル社員と全く同じ身分になるということです。
Y氏のケースに当てはめると、彼は米国企業に転職しますが、シンガポールの現地社員になること、つまり「転籍」または「海外現地採用」であることが分かっていました。なので彼は、これからシンガポールで発生する税金を、自分で負担しなければいけません。
「採用前の社員候補に対して、会計事務所を雇って税務アドバイスを提供するなんて、なんていい会社なのだ!」
・・・と、感動すら覚えそうなものですが、実はこれ、米国系の会社ではごくごく一般的なこと。アメリカでは、税を戦略的に思考回路に組み入れて考えることは、当たり前なのです。
なぜなら、米国市民(グリーンカード保有者も含む)は、世界のどこに住んでいようと、世界のどこから所得を得ようと、米国に確定申告を提出し続けなければいけないからです!
米国市民の悲しき運命
これはいわゆる、「国籍課税」というもので、米国特有の税制です。さすがアメリカ、というか何というか。私はこのシステムのおかげで飯を食えていたようなものです。
ご存知、日本には「国籍課税」がありません。例えば日本国籍を持っている日本人は、日本を出国すると、基本的に日本での所得税納税義務はなくなります。
ちなみに「出国」とは、海外に1年以上住む予定で、住民票を抜いて、身体的に日本から出ていく場合、そして海外に移った後、日本から所得が発生しない場合のことを指します。
Y氏のケースと比べてみましょう。例えばこの記事を読んで下さっているあなたを、日本国籍を持つ、日本の会社に勤める、日本在住の従業員と仮定します。
そして、あなたが今の会社を辞めて、シンガポールの会社の現地社員になったとしたら。その場合は、シンガポールの会社から払われる給与にかかる所得税は、シンガポールに払います。日本には払う必要はありません。
しかしY氏の場合、彼は米国籍を持っているため、当然、米国の「国籍課税」が適用されます。それはつまり、もしシンガポールに転籍しても、引き続きアメリカに確定申告を出し続ける義務があるということ。その上で、シンガポールで発生する税金も負担しなければならいのです。
海外に住んだら、基本的に二重課税になるアメリカ人
この「国籍課税」については、図も使って解説したいと思います。
給料が100だったとします。そして、100に対するアメリカでの税金が40、シンガポールでの税金が20だとしましょう。
「アメリカの税金とシンガポールの税金、どちらも負担する」と聞くと、多くの人は以下のようにイメージするかもしれません。
アメリカの税金40とシンガポールの税金20、両方の税金をそのまま足し合わせた額、つまり「税負担は60になるのか!?」…と。
しかし、実際は違います。外国所得控除、外国税額控除などさまざまな控除を米国申告書上で申告して、二重課税が起きないように調整します。
その結果、Y氏の税負担は以下のとおり、「40」となります。
そう、何が起こるかというと、税金負担60は回避すれど、結局はアメリカの税金40を払うのと同じキャッシュアウト。海外転籍になった時に、いずれか高い方の税率を負担するのが、米国市民の定めなのです。あぁ悲しき米国市民…。
…というわけで、その事実をY氏に伝えたときに、彼から飛び出したのが、この発言。
「ぼくがちゃんと申告したくないと言ったら、あなたたちはそれに従ってくれるの?」
確かに申告は個人の自由です。でも会計事務所の人間としては、きちんと申告して下さい、としか言いようがありません。
「確定申告時期に連絡しますね」と告げるも、彼が本当に返事をしてくれたかどうかは・・・。たまに居るんです。申告しないと決め込んでしまうお客さんが。
今回のケースの結論:「低税率国の恩恵を受けたいなら、グリーンカードは取得すべきでない!」