これまでは、相続や贈与があった時点で、例えば親と子がともに5年を超えて海外に住んでいれば、親から子に相続又は贈与がなされた場合、国外にある財産は相続税や贈与税の課税対象から外れていました。これは、富裕層の間では「5年縛り」と呼ばれていましたが、平成29年度税制改正で、これが「10年縛り」に改正されるなど、富裕層に対する課税が強化されました。

税制改正の背景

従来の制度では、相続税・贈与税の納税義務者と課税される財産の範囲について、以下の問題点が指摘されていました。

  • 従来の制度では、5年超日本に住所がない親から、5年超日本に住所がない子へ相続又は贈与がなされると、国外財産に対する課税を免れることができました。この制度を利用して、一部の富裕層の間で、親と子の双方が相続税や贈与税の制度がないシンガポールや香港などに住所を移転し、5年を経過した後に国外に移しておいた財産を贈与(又は相続)させるという租税回避的な行為が問題視されていました。
  • 従来の制度では、日本で就労するために一時的に日本に住所を有する外国人が死亡し、相続が発生した場合、その者の本国に住む親族が国外の財産を相続する場合であっても、日本の相続税の課税対象となることがありました。そのため、日本の相続税を支払うために母国にある自宅の売却を余儀なくされたケースなどが見られ、有能な外国人の受け入れの障害になっているとの指摘がありました。

税制改正の概要

以上の問題点を踏まえ、以下の見直しが行われました。

  • ①租税回避を抑制するため、相続人等又は被相続人等が10年以内に国内に住所を有する日本人の場合は、国内及び国外双方の財産を課税対象とする【課税の強化】。

→国内に住所を有していない期間の基準が「5年以内」から「10年以内」となる

  • ②租税回避を抑制するため、日本の住所・国籍を有しない者が、過去10年以内に日本に住所を有していた者(短期滞在の外国人を除く)から相続等により取得した国外財産を課税対象とする【課税の強化】。

→外国で出生して日本国籍を取得しなかった子に対して、一時的に国外に住所を移転した上で国外財産を贈与する等の行為を想定した改正

  • ③短期滞在の外国人(外国人駐在者等)同士の相続等については、国外財産を課税対象にしないこととする【課税の緩和】。

→高度外国人材の受け入れの促進につながると期待

この改正は、平成29年4月1日以後に相続又は贈与により取得する財産に係る相続税・贈与税について適用されます。

(注) 図中 部分は国内・国外財産ともに課税。 部分は国内財産のみに課税。
※1 出入国管理及び難民認定法別表第1の在留資格の者で、過去15年以内において国内に住所を有していた期間の合計が⒑年以下の者。
※2 日本国籍のない者で、過去15年以内において国内に住所を有していた期間の合計が⒑年以下の者。
(出典:財務省資料)

平成29年度税制改正では、国外財産の相続・贈与課税の強化に加え、タワマン節税に対する対策が盛り込まれるなど、富裕層の節税封じのための改正が一段と進みました。今年度の改正により、富裕層などの間で「5年縛り」と呼ばれていた規則が「10年縛り」に強化されることとなり、財産と住所を国外に移すという節税スキームは事実上、シャットアウトされたと言ってよいと思われます。

 

以下は、2017年4月17日の日本経済新聞(朝刊)の記事の一部です。


「節税策は」セミナー活況 相続税の課税強化で関心


4月から相続税などの節税のため海外移住した日本の富裕層への課税が強化され、税理士法人などには富裕層からの相談が相次ぐ。約1年前に発覚したパナマ文書を契機に富裕層の課税逃れ対策が国際的に進むなか、国内でも2015年1月の増税で課税対象者が拡大した相続税への関心は高く、相談会やセミナーは盛況となっている。

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「家族で海外移住し、5年経過していないが、どうしたらいいのか。」大手税理士法人のもとには昨年末に法改正の方針が示されて以降、海外移住した日本人からの相談が相次ぐ。数十億円規模の資産を持つ人が多いという。

60代の男性は、約2年前、息子とアジアの国に移住したが、非課税期間が10年超になることを知り、帰国を検討。高齢で海外移住したが、現地の生活に慣れず悩む人も少なくない。同税理士法人の税理士は「非課税期間が10年超になれば、節税目的だけで移住した人は耐えられないだろう」と指摘する。

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「合法的な節税策がもうないなら、海外移住して国籍を変えることも考えたい」。富裕層の節税対策を多く手掛ける弁護士によると、そんな相談もあるという。この弁護士は「税をなんとか逃れようとする富裕層の意欲は強く、国税当局とのいたちごっこは続く」と話している。