対照的に見えるアート・カルチャーと会計の領域を結びつけ、会計・税務面からクリエイティブな事業体やアーティスト・クリエイターの活動を支えているのが山内真理公認会計士・税理士(東京・文京区)だ。単に数字を示すのではなく活動を理解し、どうしたら作品や事業の価値を高め、持続可能な経営ができるのか。クライアントと並走し、サポートする。
文化・芸術領域に特化した理由
―文化・芸術領域に特化した理由を教えてください。
山内 文化・芸術領域に特化したかったというよりは、人間の創造性が発揮され、人の知の相互作用によって、社会が更新されていくプロセスに何らかの形で関わりたい、会計の専門性を使ってそこに貢献したい、そんなふうに学生時代から考えていました。
もともと「アート」が好きだったのですが、それとは別の観点で、学生の当時マーケティングやブランディング、組織論、戦略論などの勉強をしていたこともあり、「クリエイティブなアイデアが人の関係性の中でどのように価値付けられ、産業と融合していき、生活文化に溶け込みうるか?」ということをあれこれと考えていました。会計士を志す一方で、ブランド価値の評価を研究していた時期もあり、これら無形財産の価値の本質とは何か?ということを悶々と考えていた時期もありました。そうした興味は自分の好きな対象である「アート」にも自然と拡張していきました。
ある人にとって全く価値がなくても、ある人にとっては特別な価値があるもの。人によって評価がわかれるものの面白さ。それでもファンが増えていけばそこに小さな市場が生まれ、価値の交換行為が経済取引として発生します。会計を通じてオンバランス化されるものとされにくいもの。帳簿には価値交換の事実が歴史として刻まれていきます。
人の営みとしての経済活動と、多様な形で育まれ変化していく文化。これらは両輪で社会を豊かにしていく。文化的な産業の生態系を考える際、その創造の中心たる事業体の経営上の課題は何か?会計の専門性を使って経営をアシストしていけないだろうか?そうしたことに自然と興味が向かうようになっていきました。
ところで「クリエイティブ」という言葉はカルチャーの領域では便利な‘ポジティブワード’なのですが、会計業界では‘ネガティブワード’です。経理にとって創造性は無益どころかむしろ有害だからです。誤解がないように言えば、経理を通じた事業活動の計測行為はいかに鏡のように映し取るかが重要です。私は「会計は経済活動のアーカイブであり、未来のデザインツールでもある」とよく言うのですが、そのアーカイブを利用してどのように経営をデザインするのか。これについては組織の思想、価値観、目的が色濃く反映され、とても創造的な領域だと考えています。創り手の立場に立てば、それらは自身(の組織)が創作する作品(商品)やその流通を考えることと本来切り離せない行為です。
私が知る限り、日本では、アーティスト・クリエイターや文化事業の経営者がその実践以外に経営や会計を体系的に学ぶ機会はほとんどありません。しかし、「会計」の感覚を身に付けることは、当事者が糧を得て、意義ある形で活動を展開し継続させ、創作物を流通させるために重要な術でもあります。
彼らの会計感覚が向上すれば、活動の持続可能性や社会的交渉力を高めることができる。そうすれば多様な創作物の流通を通じて、産業が活性化したり、都市や地域の生活の質的豊かさが担保されていくことに繋がるはずです。
こうして自分の活動ミッションを自分なりに整理して、会計士の立場でこれら事業体の活動を下支えしていく役割を担おうと思うようになりました。事業を始めた動機を一言で表現するのはとても難しいので、「文化・芸術」支援というわかりやすい言葉に落とし込み、自分たちの活動目標や活動領域を表現するようにしていますね。
―開業当初の2011年はまさに震災直後の混乱期ですね。
山内 2011年東日本大震災後は、文化・芸術業界も混乱状態でしたから、資金調達や管理体制の立て直しなど、独立して間もない私でも手伝えることが山のようにありました。彼らが求めることや現場が抱える課題に目を向け、少しずつ信頼関係を築きながら仕事としてかたちにしていきました。
業務品質で変わったことや今後の展開について
―独立開業から6年経ち、業務品質などで変わった点はありますか?
山内 弊所ならではのノウハウや知見の蓄積により、業務品質は年々向上していると自負しています。学際性という言葉が適切かわかりませんが、異質な専門性を融合して一つのサービスを作り上げ、独自に知見やプラクティスを蓄積するということを従来から模索していて、そういった理想に一歩ずつ近づいているように感じています。
当事務所のメンバーの中には、私のように社会科学系のバックグラウンドの人間もいますし、そうでない人間もいる。作家活動やピアノ演奏者など、文化・芸術に造詣の深い活動をしてきた人間もいます。
作り手のビジョンに寄り添う姿勢を大切に、チームとしてサポートできる体制を敷いています。クライアントの進むスピードは速いですし、ある程度各ジャンルにおける言語や慣習・文化を理解しつつ、会計や税務の専門用語や考え方を翻訳することが求められる立場です。その点スタッフに求めるものが多いのも事実ですが、逆に必要以上にそれらに染まることなく、客観的でいることも伴走者としては重要と考えています。そして、その客観性は専門性によって担保されると考えています。
今後はたとえば、国際税務やファイナンス支援、非営利分野の経験値の高い方など、各専門サービスを強化するための専門人材の採用と育成を強化したいと考えています。
―顧問先も随分増えたのではないですか?
山内 ありがたいことに新規のお客様からの問い合わせはとても多いです。ただ、顧客数や売上高が単純に増加すればよいと思っていませんし、いたずらに規模を追求していくべきという気持ちもないので、他の会計事務所でも先方様の満足度が変わらなそうな引き合いについては、お断りすることもあります。逆に弊所のミッションに沿ったチャレンジに繋がる案件であれば、積極的にお引き受けするようにしています。
ただ一方で、組織として動いている以上、組織を守るための仕事のボーダーラインを持たなければならないとも思っていますので、「駆け込み寺」的な立ち位置にならないよう工夫もしています。組織のスタッフが幸せでなければ持続可能ではないとも思いますので、職場がブラック化しないように線引きをする努力もしています。