東京、ニューヨーク、香港と渡り歩いた“旅するタックスアドバイザー”マリアが、世界を飛び回るサラリーマン圭亮を主役として、出張先の国々と日本との文化や税制の違いを紹介します。今回の出張先は、カナダ。日本が導入を控える軽減税率について、カナダの制度と比較します。

消費税を払わなかった、俺の後の客

圭亮はとにかく早く空腹を満たしたかった。

出張先のカナダでクライアントとの会議が終わると、呼びつけたタクシーの運転手に「どこでもいいから、とにかく一番近いスーパーに向かってくれ」と頼んだ。とても長い会議だったのだ。

スーパーに着くと、店内の奥まで足を運ぶことなく、レジの横に置いてある袋入りのドーナツを手にした。3つ入りで3カナダドル。消費税率が10%なので、合計で3カナダドルと3セントになる。小銭をポケットから探し当てるのに少し時間がかかった。

店員から袋を受け取るとすぐに、店内の簡素なイートインコーナーでドーナツをむさぼり食べた。7時間ぶりに食べ物を口にした喜びとドーナツの甘さとで、一気に気分が高揚した。

そこに40歳前後の女性がスーパーにやってきた。この辺りに住んでいるのであろう、ラフな格好をしており、髪の毛は少し濡れていた。

彼女は自分が買ったものと同じ袋入りのドーナツを2袋手に取った。1袋3個入りなので、合計6個。割とふくよかな体型の女性だったためか、「一人で食べるのか?家族のためか?」などと、要らぬ想像をしてしまった。

彼女が会計をし、店を出ていくと同時に、何かがおかしいことに気づいた。彼女は6カナダドルしか払っていなかったのだ。「Six dollars」と店員が確かに言っていたし、彼女は細かなセントコインを出していなかった。

自分はドーナツの購入時に消費税を支払ったが、
彼女はドーナツの購入時に消費税を支払わなかった。

俺と彼女の違いは何か・・・?

標準税率と軽減税率

高税率国で知られるカナダ。日本が平成31年10月から導入する軽減税率制度を既に導入している。軽減税率制度とは、生活必需品の消費税を軽減または非課税とする税率制度である。

カナダでは、消費税の標準税率は10%。ヨーロッパ諸国には標準税率20%前後の国々があることと比べると極めて高いとはいえないが、われわれ日本人からすると、どうにも高い。

しかし、カナダの軽減税率は、無税状態の0%なのである。

一方日本では、1989年の消費税導入時の税率3%から徐々に引き上げられ、2019年10月にはついに10%になろうとしている。つまり標準税率は、カナダと同じ10%になる。だが、日本が導入予定の軽減税率は8%と高い。

そもそも軽減税率制度とは、生活必需品の購買力を担保するために導入されているものだ。すべての税率を同じにしてしまうと、生活必需品に適用される消費税も10%になり、消費者の財布を直撃するばかりでなく、購買力が担保できなくなってしまう。

そこで、食料品の購入や新聞の定期購読など、生活に最低限必要であると判断されるものにおいては、現行と据え置きの消費税率8%が引き続き適用されるのである。何が生活必需品であるのかは、日本国が決めるのであって、国民が決定するわけではない。

日本の軽減税率は、以下の範囲で導入される予定である。

参考:平成28年4月 国税局「平成31年10月1日〜 消費税の軽減税率制度が実施されます」

青が軽減税率8%の対象、白が標準税率10%の対象となる。たとえば、外食は標準税率10%の対象。テイクアウトやスーパーでの買い物は、軽減税率8%の対象となる。酒類は生活必需品とはいえないので、標準税率10%の対象だ。

カナダのいわゆる“ドーナツ税”

世界を飛び回る圭亮だが、軽減税率導入に関する知識は、ニュースを通して既に得ていた。今回カナダで消費税を払ったことに対する考察はこうだ。

“自分はスーパーでイートインをしたので外食扱いとされ、標準税率10%が適用された。
自分の後にドーナツを6個買った女性は持ち帰りそうな感じだったので、軽減税率が適用された。
カナダでは軽減税率が0%なので、彼女は消費税を払わなかった。“

圭亮はそうに違いないと決め込み、そうならばタクシーに戻ってから食べればよかったと半ば後悔しながら、いやそれでも3セントくらいケチってもどうにもならないなと思い直したのだった。

翌日、圭亮は新たな買い付け先を訪問していた。

そこには日本人従業員がおり、そういえばと思って昨日のドーナツ税に関する話をぶつけてみた。

「日本でも軽減税率が導入されるじゃないですか。だからイートインは外食扱いだって、予備知識はあったのに、ついつい空腹に耐えられなかったんですよ。ニュースは見ていたのに、まさかカナダも同じ税制があるとはね」

すると現地の日本人従業員は、「ああ、それはドーナツ税ですね。おもしろい税制があるものですよね」と笑いながら答えた。

「ドーナツ税」

新しい単語だった。

“外食すると日本もカナダも標準税率が適用されてしまう”という、圭亮の推察は正しかった。

しかし、ひとつ違っていたのは、”外食なのかテイクアウトなのかという線引きが、ドーナツにおいては購入する個数によって判断される”ということだ。

「ドーナツは6個以上買うと税金がかからないんです。だから5個以下のドーナツを買うときには、普通に消費税を払わなきゃいけなくて。あれは“ドーナツ税”なんて呼ばれたりしているんです。中身は普通の消費税なんですけどね」

説明を聞くと、からくりはこうだった。

カナダでは、外食には標準税率が適用され、テイクアウトや食品の購入には軽減税率が適用される。それがドーナツの購入においては、6個以上の場合にはテイクアウトとみなされ、5個以下の場合にはその場で消費する、つまり外食するものとみなされるというのである。

カナダ政府は、5個以下のドーナツなら外でサクッと食べてしまう量であると認識しており、6個を超えると外で食べるには量が多いので、テイクアウトして家で食べると推定しているということになる。

ドーナツ5個が多いか少ないかは置いておいて、カナダの税法がこんなにも細かくドーナツの個数を規定しているというのが、圭亮の驚きであった。

ホテルに帰って念のため調べてみたところ、確かにその規定はあった。しかし、どうやらドーナツだけでなく、マフィンやクッキーなどにも同じ“6個”の規定が適用されるようである。

カナダでは、ハンバーガーチェーンよりドーナツチェーンの方が店舗数が多いといわれている。ドーナツが日々の生活に欠かせないからこそ、他の商品よりフォーカスされ、取り上げられるのであろう。

日本では、外食かテイクアウトかの判断に個数は関係ない。

「こちらでお召し上がりですか?」に「はい」と答えれば、外食なので10%の標準税率適用だし、
「いいえ、持ち帰るので包んでください」と答えれば、テイクアウトなので8%の軽減税率が適用となる。