東京、ニューヨーク、香港と渡り歩いた“旅するタックスアドバイザー”マリアが、世界を飛び回るサラリーマン圭亮を主役として、出張先の国々と日本との文化や税制の違いを紹介します。今回の旅先は、香港。日本とはまったく違う金融税制に、圭亮は驚きを隠せません。
混沌の街、香港
圭亮は香港国際空港に降り立った。
今回の目的地はマカオ。香港からフェリーで1時間弱の位置にあるその小さな島には、高級ホテルやカジノ施設が立ち並び、アジア中の富が集中している。一歩奥へ入るとポルトガル領時代の面影を残すコロニアル風の建物が軒を連ね、植民地であった地域特有の優雅な雰囲気が漂う。
この旅はバチェラーパーティーのためだった。大学同期の遼が結婚するというので、当時つるんでいた仲間とマカオで集合し、久しぶりにバカ騒ぎをしようという試みだ。
遼は5年ほど前から香港に住んでいる。圭亮はせっかくなので香港も見たいと思い、前乗りして1泊することにした。遼の案内で香港を丸一日観光した後、マカオに移動し、仲間と落ち合うという段取りだ。
圭亮は香港に来るのが初めてだった。国際的な金融都市である香港は、モノづくり企業が羽を広げている地域ではない。アパレル系の商品を取り扱う専門商社に勤める圭亮にとって、香港は出張先とならないのである。
香港国際空港からエアトレインに乗り、香港市内へ出る。空港から市内へは25分ほど。その便利さと、電車や駅設備の清潔さに圭亮は感嘆した。世界一快適な電車や駅設備は日本にあると思っていたが、香港のそれは日本をはるかに上回る。何もかもが効率的な香港ならではの、無駄のない設計だった。
そして同時に驚かされたのが、人の多さだ。平日の昼間だというのに、駅構内も電車にも人があふれかえっていた。香港は約1100平方キロメートルの土地(うち6割は山岳地帯)に700万人を超える人が住む、世界の中でも有数の人口密集地域である。
久しぶりに会う遼は長髪になっており、Tシャツにジーンズを組み合わせたラフな格好をしていた。香港の中心にあるセントラル駅の出口に立ったまま、iPadに顔を近づけながら何かを読んでいるようだった。自分の到着に気が付かないだろうと、圭亮は自ら声をかけた。
「木曜の昼間から悪いな、遼。仕事は大丈夫なのか?」
「おう、圭亮。気づかなかったよ、よく来たな! 香港は暑いだろ。今日はこれでも涼しい方なんだぜ」
香港の気温は31度だった。昨今の東京は35度を上回る日もあるため、温度で測ればそこまで暑くはない。しかし、この日の湿度は90%。常にミストサウナの中にいるような感覚だ。さらに、香港の人口密度も暑苦しさを感じさせる要因だろう。電車や駅、商業施設の中の冷房は強すぎるため気付かないが、香港の街に出た途端に、南国にいることに気づかされる。
「腹が減っただろ。せっかく香港に来てもらったんだから、飲茶をご馳走するよ。ここから近いから歩いて行こう。お昼のピークは過ぎたから、すぐに入れるはずだぜ」
遼の案内で入ったレストランは飲茶で有名なところであった。シュウマイのようなものや、小さな肉まん、春巻きのようなものが積まれたワゴンがテーブルの周りを通過していく。
食べたいものがあったら声をあげて、ワゴンを押すおばさん(であることが多い)に止まってもらい、そのままワゴンに積まれた食事をテーブルに置いてもらう。
圭亮はこのシステムを回転寿司のようなものだなと思ったが、ワゴンを押すのが人間であり、食材の簡単な説明を添えてくれることもあるため、回転寿司よりも人間味があり、温かなものだとも思った。ランチのピークを過ぎているとのことだったが、人があふれていた。