デイトレーダー
飲茶を頬張りながら遼の近況を聞くと、彼はどうやらデイトレーダーとして生計を立てているというのだった。なるほど、長髪もTシャツもジーパンもこれで説明がつく。
「香港に来た5年前は、ヘッジファンドで働いていたんだ。そのファンドは超短期で株を売買するストラテジーを採用していてね。計算式作って、ぴゅぴゅっと1日単位で株を売買するんだよ。売ったり買ったり、売ったり買ったり」
「俺は億万長者になりたかったわけじゃないからさ。自分の食うくらいなら、1人でトレーダーとしてやっていけば、十分賄えることに気づいたんだ」
よくよく話を聞くと、彼の働いていたヘッジファンドという業界にもいろいろな儲け方があるらしい。5年を超える長期に渡る期間、1銘柄を保有し続けるファンドや、数秒単位で売買を繰り返す数字ゲームを行うファンド、株以外のものに投資するファンドなど。遼は超短期株売買を専門としていたため、デイトレーダーへ転身しやすかったのであろう。
「ヘッジファンドで働いていたころは、株の売買が仕事とはいえ、俺はサラリーマンだった。つまり、ただの雇われ人なわけで、もらう金も給与として受け取っていた。給与として金をもらうと、所得税として15%を持っていかれちまうんだ」
圭亮は香港の所得税率が15%ということにまず驚いた。
日本の所得税率は5~45%の超過累進税率を採用しており、加えて住民税10%が別途賦課される。東日本大震災の復興のために導入された復興特別所得税を加味すると、日本の最高税率は55.945%にもなる。
15%と55.945%とを比べると、その差は明らかであり、特に高所得者であろう遼の手取りを想像すると、香港に住むのは正解であろうと圭亮は思った。
しかし、遼の話はここからだった。
「デイトレーダーになると、金の受け取り方が給与じゃなくなるんだ。雇用主がいなくなるから当たり前なんだけどな。今の俺の収入は3つから来てるんだ。株の売買で儲けるキャピタルゲインと、株の保有に対して受け取る配当金。あとは、そうやって増えた金を銀行に預けることで付く利子だ」
遼の話を聞きながら、圭亮は頭の中で整理をした。
・キャピタルゲイン=株式等の譲渡等から得る譲渡益
・配当所得=株式の配当等で得る利益
・利子所得=預貯金の利子等から得る利益
「なぁ、圭亮。俺はこれに気づいてファンドを辞めたんだよ。実はな、香港ではこの3つの所得のどれにも税金がかからないんだ」
金融資産への課税がない香港
「そんなことがあるのか?!!」
圭亮は思わず声を上げて驚いてしまった。丁度テーブルの近くに来た飲茶ワゴンのおばさんが、一瞬圭亮の方を見て何もなかったことを確認すると、また次のテーブルの方へと去っていった。

「香港はな、アジアのタックスヘイブンなんだよ。給与所得に対する税率も日本に比べて相当低いだろ? それだけじゃなく、Financial Asset (金融資産)に係る税金は一切かからないんだ。そうやって金持ちを誘致して成り立ってるんだ。デイトレーダーのための地域だよ、ここは」
「俺は日本に住民登録がないから日本に税金は払っていないし、どこにも税金を払っていないことになるな」
香港は金融資産に対する課税がゼロ。
圭亮は驚きを隠しきれなかった。遼は租税回避行為をしているわけでも、脱税行為をしているわけでもない。正当な手続きを得て、法律に乗っ取り、どこにも税金を払っていないのだ。そんなことができる地域なのだ、香港は。
「圭亮、そろそろ行くか。ひとまず俺のマンションに行って荷物を置こう。それから香港を案内するぜ」
遼の家に泊めてもらう代わりに、この食事代は自分が支払おうと圭亮は思った。
そしてチェックをもらった圭亮は、さらに驚くことになる。
「なぁ遼、ちょっと安くないか? これ、ビールの勘定も入ってるか?」
圭亮と遼は久々の再開を祝い、昼間からビールを4瓶空けていたのだ。
「はは、香港のビールは安いぜ。酒税も関税もゼロなんだ。ビール1杯100円程度だ」
圭亮はこんな国があっていいのかと思った。香港には関税もないし、酒税もかからない(※アルコール度数30%未満のもの及びワインに限る)。日本の酒税の高さや、輸入品の関税の高さを考えると、香港がどちらもゼロというのはにわかに信じがたい。
「すごい国があるな・・・・。俺、香港に移住した方がいいかな・・・・」
圭亮はそう言いながら、レジのおばさんにクレジットカードを出した。そして2秒ほどして出てきたレシートにサインをする時、メニューで見た値段どおりの会計であることに気が付いたのである。
香港には消費税すらもない。
圭亮は笑うしかなかった。




