人気連載第8弾! 東京、ニューヨーク、香港と渡り歩いた”旅するタックスアドバイザー”マリアが、実際に直面した税金に悩めるクライアントとのエピソードをご紹介。今回は、一見便利に思える源泉徴収制度の思わぬ落とし穴について。海外在住の日本人のみなさま、日本からの所得があるときに、源泉徴収されているからって安心していませんか?
お久しぶりです!
旅するタックスアドバイザーのマリアです。現在の私の生活本拠は香港です。
香港はとてもコンパクトな街なので、昼休みに友人宅へお邪魔して、ミモザを飲んでオフィスに戻る……なんていう暮らしができちゃいます。浮かれていますね。
そんな香港、まだ4月ですが、すでに朝から気温27度、湿度87%の気候です。
この先半年、蒸し暑い日が続きます……!
ナチスドイツ下で生まれた源泉徴収制度
さて今回は、海外にいる方が日本の不動産から賃貸収入を得る場合の、源泉徴収に関して記事を書きたいと思います。久しぶりの投稿となりますので、気合を入れて、私の税に関する考え方も交えて、意見書のような記事にしたいと思います。
源泉徴収制度というものは、支払者が税金を差し引いたうえで支給を行って、差し引いた分の税を本人のために税務署に納税するというものです。
代表的なのものは、会社が従業員への給与の支給時に行う源泉徴収です。その他にも利子や配当など、いろいろな所得に源泉徴収制度はあります。
この制度、そもそもの発端はナチス統制化のドイツです。戦費調達のために定期的なキャッシュインが必要だった軍部が考え出した、“効率的な税の徴収”方法だったのでした。年に1度の確定申告を待つより、そこで毎月の源泉徴収をしてもらったほうが望ましいキャッシュフローだったのですね。
そして日本でも1940年に、まさに戦費調達の目的で給与所得者への源泉徴収が開始しました。
そのような起源のある源泉徴収制度ですが、今では多くの国で、戦時下でなくとも導入され続けています。日本もそうです。1940年以降、戦争は終わっても、源泉徴収制度は廃止されずにむしろ広がっていきました。
しかし、昨今の源泉徴収制度は、本来の“効率的な税の徴収”から飛躍してしまっています。税の取りっぱぐれを防ぐために、あまりにも保守的な源泉徴収を広範囲に行ってしまっているのです。確実な徴収を守ろうとするばかりに、源泉徴収義務者にあまりもの事務コストを課したり。税率も、保守的に高めのものが設定されたり……。
所得税が、あたかも間接税かのように思えてしまう日本の源泉徴収制度
よく税金には2種類あるといわれます。ひとつは“直接税”、もうひとつは“間接税”です。
税を負担する人と実際に納税手続きをする人とが同一であるのが直接税で、
税を負担する人と実際に納税手続きをする人が別々なのが間接税です。
代表的なものとして、所得税は直接税、消費税は間接税だと区分できます。 直接税を支払うときに、人は負担を多く感じます。自分で支払うのですから、当たり前ですね。一方間接税は、負担感が少ないものです。消費税は販売価格に含まれて表示されていることもあり、日常的に税金を負担しているという意識はあまりもたない人が多いと思います。
タックスアドバイザーの仕事をしていると、特に日本は“源泉徴収大国”であるがために、あたかも所得税も“間接税”であるかのような錯覚に陥ります。会社勤めの方は、いついくら払っているか把握しないまま、なんとなく過ごしてしまえちゃう。勝手にやられているので、負担しているという自覚がなくなってしまうのですね。
さて、今日紹介する事例も、所得税“間接税”論のひとつ。非居住者の家賃収入にかかる、源泉徴収についてです。
マイホームを購入した後に、国外への転勤が決まったとき
日本にいる私の友人の中には、マイホームを購入した後に海外駐在が決定してしまった! という同期がたくさんいます。やっとの思いで購入したマイホーム。そこで確定した海外駐在。みなさんなら売りますか? 貸付に出しますか?
Photo by tomasa
私の知り合いの多くは、駐在期間中、日本にあるマイホームを貸付に出していました。貸付に出して、家賃収入を得て、それをローン返済にあてる。悪い話ではないですね。
さて、家賃収入は、「不動産所得」というカテゴリーに分類され、課税所得を構成します。さらに日本にある不動産から得た不動産所得は、日本“源泉”の所得になります。
海外に住んでいる方(日本の非居住者)であっても、日本源泉の課税所得がある場合には、そこにかかる税金について日本国に納税義務を負います。
このような理由で、日本にある不動産から家賃収入を得ている駐在員は、日本国に税金を払い続ける必要があるわけです。・・・と、ここまでは法律に定められていることをナゾッタだけです。ここからは、実務ではどのようなことが起きているか見てみましょう。
日本の非居住者が受け取る、日本源泉の不動産所得について。
実は、貸主が日本の非居住者である場合、借りているほうの人は、家賃の支払い時に20.42%相当額を所得税として源泉徴収する義務があります。
そして、源泉徴収した20.42%相当の金額を、それぞれ翌月10日までに、貸主のために税務署に納税する必要があります。(例外的に、借主が貸主の親族であって、その親族が住むために借りている場合にはこの源泉徴収義務はありません)
これは日本の非居住者である貸主がきちんと日本国に納税するよう、事務手続の責任を借主側に転化したものです。家賃の支払い時に、そもそも源泉徴収してしまえば、日本国としては税金を取りっぱぐれることはありませんね。実際には、仲介業者や管理会社等が間に入って源泉徴収事務を行っていることがほとんどです。
さて、ここで注意喚起をさせてください!
源泉徴収だけで終わらせると、損をします
香港には、日本人駐在員がたくさんいます。
ある日、写真のようにビーチでビールを飲みながら(4月なのにすでに夏!!)、
「海外駐在中の家賃収入、確定申告ちゃんとしてる?」
と、ふと聞くと、
「受け取っている家賃からはすでに税金が引かれているから何にも心配ない
と、返してくる友人……。
これは前述のとおり、非居住者に家賃を支払う借主は、支払い時に源泉徴収をする義務があるためです。
しかし!
この友人のように源泉徴収にあぐらをかいている方、間違いなく損をしています!
なぜならば……
源泉徴収税率の20.42%は家賃の総額にかかっているものであって、
管理費や減価償却等の経費を一切考慮せずに計算されている金額だから。
不動産所得の金額は、本来以下のように計算されます。
総収入金額(家賃等) - 必要経費(固定資産税、保険料、減価償却費等) = 不動産所得
そして算出された不動産所得に、税率を乗じるという流れになります。
この式を見ると、必要経費を考慮した後の不動産所得の金額は、家賃総額よりも小さくなることが分かります。
特に経費なんてないと思っている方でも、建物の減価償却費の計算をすれば、ほとんどの場合に所得は小さくなります。加えて、不動産を持っているのに固定資産税を払っていないということは、ないはずです。
この計算は、一度家賃から税金が源泉徴収されてしまった後でも、確定申告書を提出することによって、やり直すことが可能です。経費認識後の所得を再計算し、本当の意味での利益を出しなおし、そこに税率を掛けます。
その税率についても注目!
確定申告を通してする日本源泉の不動産所得に掛かる税額の計算時には、非居住者の源泉徴収税率(20.42%)ではなく、日本の居住者と同じ税率(不動産所得の金額によって、下は5.105%~)が適用されます!! 非居住者であってもです!
これは、確定申告をしない理由がないですね。少し冷静に考えると、酷い話です。一旦源泉徴収をするけれど、確定申告をしてくれたら、妥当な税額にして差額を還付してあげるよ、と国税が言っていますが、これは冷たいですよね。
特に必要経費の一部を構成する固定資産税の金額なんて、税務署の中にある情報です。一旦納税をして、還付を受ける。なんでこんなキャッシュフローを経ないといけないのか。これはまさに、源泉徴収制度が“税のとりっぱぐれ”を意識しすぎるがゆえに広範囲になってしまっている、顕著な事例です。
税引き後の家賃を受け取っている非居住者から見て、所得税はあたかも“間接税”であるかのように思えてしまい、引かれた税に何の疑問も持たずに放置されてします。自分がいくら負担しているのか、それは妥当な金額なのか。税の負担者も納税者も本来個人であるのですから、きちんと確認できるようにしなければいけないですね。そのためには、個人がきちんと“直接税”だと認識できるような、簡素でわかりやすい税制である必要があります。
残念ながら日本の税制は、あまり簡素とはいえませんね。
みなさまは、どのような税制がいいと思いますか?
以上、蒸し暑い香港からお伝えしました。また次回!
今回のケースの結論:「源泉徴収されていても、申告をすることで本来あるべき税額を再計算できる」