「租税は中立性が担保されなければならない」ことはいうまでもありませんが、時として、政策面の観点から中立性が阻害される場面が見受けられます。近時、消費税法上の複数税率の採用の可否が活発に議論されていますが、その議論においては、たびたび「中立性」の問題が取り上げられています。今回は、過去の租税政策とその中立性について目を向けてみましょう。
経済活動への税制の介入
租税は中立性が担保されなければならないといわれます。これは、公平性や簡素性と並んで租税に求められる原則です。
このことは、経済活動への租税の介入を防止するという意味合いにおいても論じられることがあります。
例えば、バターとマーガリンを比較して考えてみましょう。仮にこれらが代替関係にあるとした場合、バターにのみ税金がかかるとすれば、消費者の選好はマーガリンに向かうことになるでしょう。これは、税制が消費選好に歪みをもたらすことを意味します。
このような歪みはできるだけ排除される必要がありますが、これこそが中立性の要請というわけです(酒井克彦『スタートアップ租税法〔第3版〕』33頁(財経詳報社2015)。
醤油と味噌の中立性
そうしたバターとマーガリンの関係を、かつての我が国における醤油と味噌の関係として見てみましょう。
醤油は、清酒、濁酒と併せて江戸時代に三造(みつくり)と言われ、これら3品には、明治4年(1871年)から、「清酒、濁酒、醤油鑑札収与並収税方法規則」によって免許税及び醸造税が製造者に課されていました。
生活必需品である醤油に税を課すことは不当であるという理由から、明治8年(1875年)に醤油税は一旦廃止されましたが、その10年後の明治18年(1885年)、軍備拡張の財源として復活しています。その後、大正15年(1926年)に廃止されるまで、40年余り課税されていたといいます(国税庁ホームページ)。
これに対して、味噌には課税がなされていませんでした。醤油税が復活した明治18年(1885年)、醤油税則の法案審議の記録である「元老院会議筆記」によると、生活困窮者は醤油よりも味噌を消費するという当時の実態から、味噌への課税はこれらの人たちに大きな負担をもたらすと判断され、味噌を非課税としたようです(国税庁ホームページ)。
すなわち、当時、醤油と味噌とが代替の関係にあったとされているのです。そうであることを前提として、味噌については課税しないのにも関わらず醤油に課税をしたというのですから、教科書通りの中立性が明確に阻害された例であるといってもよいように思われます。
このように、生活必需品とそうでないもの(例えば奢侈品)とを分けて課税の有無を考える構成は、租税史において古い歴史を有するものですが、こうした中立性を脅かす代表的課税が「個別物品税」であったといってもよいように思われます。
2019年10月からは消費税が8%から10%に増税されますが、そこでは、いわゆる複数税率が適用されることになっています。例えば、一般の新聞は消費税率が8%に据え置きされますが、一定の要件に該当しない新聞には10%の消費税が課されることになります。果たして、これは中立性の阻害にはならないのでしょうか。