人気連載第9弾! 東京、ニューヨーク、香港と渡り歩いた“旅するタックスアドバイザー”マリアが、あらゆる国の税に関するエピソードをご紹介。今回は、旅行で訪れたイギリスの、付加価値税についてご説明します。イギリスをはじめとするOECD(経済協力開発機構)加盟国と比べると、日本の消費税率は一見低く感じられますが……?

イギリスに行ってきました!

皆さん、こんにちは! 私が住んでいる香港は5月になってだいぶ暖かくなってきました! 気温30度弱に湿度が90%強という、サウナのような季節が到来します。

つい先日、まだまだ寒いイギリス・ロンドンに旅行してきました。湿度が(香港と比べて)低い! 寒い! 人生初のイギリスでした。

イギリス・ロンドンの街並み

まず訪れたのは大英博物館。入館料は、なんと無料です。入ってすぐ左手にロゼッタストーンが! こんなにも歴史的価値の高いものが、無料で見られるなんて感激です!

ひょっこりはん

そして食べ物。イギリスといえば、フィッシュ・アンド・チップス。タラなどの白身魚のフライと、てんこもりのチップス(フライドポテト)をパブで食べるのがお決まりです。

イギリスの味を楽しんだ後のお会計でびっくりするのが……付加価値税(VAT)の高さ! なんと、イギリスの付加価値税は20%です。日本の消費税は8%、筆者の住んでいる香港は0%。ひぇ~!

というわけで今回は、イギリスの税制、特に付加価値税(VAT)について、ご説明させていただこうと思います。

今後日本でも導入される、軽減税率を考えるヒントになる記事にしたいと思います!

まずその前に、“タックス・ミックス”についてご紹介しましょう。

日本とイギリスのタックス・ミックスの違い

タックスミックス、直訳すると“税を混ぜる”ですね。その名の通り、これはさまざまな税目が混ざっていることを指します。さまざまな種類の税を混ぜて、その社会に最適な組み合わせで歳入を達成するのが、それぞれの国の目標です。

税金にはいろいろな種類がありますが、それらは3つの大きなカテゴリーに分類されます。

それが、所得課税、消費課税、資産課税等です。

まず1つめのカテゴリーは所得課税。日本における代表的なものは、所得税です。法人税や、住民税なども、このカテゴリーに分類されます。

これは経済活動から得た所得や利益に対して、税を課するというタイプの税です。ですから、何も所得がない人(赤ちゃんや収入のない学生)は、所得税を負担しません。日本の所得税は累進課税を採用しているので、所得の高い人ほど高い税率を負担します。これは富の再分配を目指すものです。

次に2つめのカテゴリーは消費課税。日本における代表的なものは、消費税です。たばこ税や入湯税なども、このカテゴリーに分類されます。

これは1つめの所得課税とは違い、消費をベースに税を課するというタイプの税です。所得がまったくない学生であっても、買い物をする時に消費税を負担しますね。お年寄りや子どもであっても、温泉に行ったら入湯税を負担します。消費をまったくせずに生活していくのは、とても困難な世の中ですので、消費税は納税者の母体が広い税目だといえます。

なお、消費税は所得の状況に関わらず皆が等しく同じ税率を負担するので、所得の低い人ほど相対的に負担が大きくなってしまうという“逆進性”が問題になっています。“逆進性”とは“累進性”の逆を表す言葉です。所得税は所得の高い人ほど負担が大きくなるよう設計されているので“累進性”があるといわれますが、消費税はまったく逆の問題を含んでいるということです。

3つめのカテゴリーは資産課税等。日本における代表的なものは、相続税です。固定資産税や印紙税も、このカテゴリーに分類されます。

まったく所得がなくても、まったく消費をしていなくても、資産を持っていると発生するのが資産課税です。持ち家がある方は毎年固定資産税を払いますね。これは、その人の所得や消費に関わらず、家という資産にのみ着目された課税です。

なお、日本における相続税の最高税率は55%と、先進国の中では類をみない高税率となっています。実は世界のトレンドは、相続税廃止です。日本は逆に、相続税・贈与税強化の方向に動いています。国によってどのタックス・ミックスを目指すかは、まったく違います。

さて、上記がタックス・ミックスの要素の原則です。所得課税、消費課税、資産課税。国によって税目の細かな名前は違いますが、コンセプトはだいたい同じです。

OECD Revenue Statistics 2017によると、日本の税目のうち一番大きい歳入は社会保障税(39%)、ついで所得税(19%)、消費税(14%)、法人税(12%)です。

さて、ようやくイギリスの話です。イギリスのタックス・ミックスの特徴は、消費課税の歳入に占める比率がとても大きいということです。同レポートによると、一番大きいものは所得税(28%)ですが、ついで付加価値税VAT(21%)、社会保障税(19%)、資産税(13%)という順です。

冒頭で紹介しましたが、イギリスの付加価値税は20%。日本の消費税がこれから10%になろうとしている中、その差は明確ですね。

実は日本は、“先進国クラブ”といわれるOECD加盟国の中で消費税率が一番低いのです。OECD加盟国35カ国の消費税の平均は、なんと20%。加盟国のうち21の国は20%以上の税率を持っており、日本など税率の低い国が平均を引き下げています。

最高はハンガリーの27%、次いでデンマーク、ノルウェー、スウェーデンの25%。

一方日本はスイスと並んで最下位の8%、その次に低いのが韓国とオーストラリアの10%です。(注:アメリカもOECD加盟国ですが、アメリカは合衆国としての消費税を持っていません。州ごとに売上税がありますが、そのためランキングから除外しています)。

大英博物館の続きです!

付加価値税の高い国が、逆進性にどう対応するか

イギリスの消費税が高いことは分かりました。

ここで、イギリスは“逆進性”の問題にどう対応しているか、気になりませんか?

逆進性。タックス・ミックスの説明中にちらっと触れましたが、これは所得が低い人ほど相対的な負担が大きくなってしまうという現象です。

所得の低い人も高い人も、衣食住にかかる生活必需品の最低限のラインを共有しています。その上での贅沢、たとえば高いブランド品を買う、外食を頻繁にするなどの消費嗜好は人によりますが、最低限ラインのところは皆同じです。

消費税が8%である環境下で考えます。たとえば、月々10万円の消費が必要な世帯があったとして、その世帯の年収が300万円だと、年間消費税の負担は収入のうち3.2%を占めます。一方、世帯年収が600万円だと、年間を通しての消費税の負担は収入のうち1.6%に過ぎません。

もちろん所得水準が上がるほど、記述の通り、消費行動に差が出てくるでしょう。ですので実質は、世帯年収600万円の世帯も同程度またはそれ以上の消費税を負担しているかもしれません。

しかし生活必需品の購買にかかる消費税についてのみに着目すると、この“逆進性”の問題は明らかです。果たしてこれは公平なのか? という問題が発生します。

たとえば、こういう考え方もできます。所得の低い世帯はそれだけ所得税を負担していないのだから、その分消費税は一律負担しても問題がないと。しかし、その考え方だと、“富の再分配”を目指す所得税制の効果を、消費税の負担率まで考慮して設計する必要があります。ちょっと難しそうですね。

逆進性の問題をどうするか。その解として各国で導入されているのが、“軽減税率”です。

生活必需品の購入にかかる消費税や付加価値税を引き下げることで、最低限のラインの負担をなくしましょうと。その上で、贅沢品や嗜好品(ブランド品、外食、別荘など)には標準の税率をかけることで、消費嗜好により、違う税率の負担を実現することができるというものです。

日本も2019年10月からの消費税10%引き上げに際し、生活必需品の購買力を担保するために、一部の消費については税率を8%にするとされています。

これは言葉を変えると、標準税率10%の消費税に対し、軽減税率8%を導入するということです。

イギリスのかわいい赤い電話ボックス

イギリスの軽減税率は0%!

標準税率20%を持つイギリスにも、軽減税率は導入されています。しかしなんと、軽減税率は0%。一部の消費には、まったく付加価値税がかからないのです!

しかも驚くなかれ、軽減税率の対象となる購買の定義はとても広いものとなっています。

·食料品
·テイクアウトのうち、冷たいもの(家で加熱が必要なもの)
·教育やスポーツレッスン
·宝くじやビンゴ
·美術館などへの入館料
·アンティーク品
·住宅等の建設
·駐車場やガレージ
·妊娠、生理用品(軽減税率5%)
電気・ガス等公共インフラ(軽減税率5%)
·水道
·本や雑誌、新聞やCDなど
·赤ちゃん用の服や靴
・・・などなど、表記しきれないものが軽減税率0%の適用となっています。

参考:Gov.uk VAT rates on different goods and services

外食をしないでいれば、付加価値税を一切負担せずに生活できてしまうのです。

標準税率20%に対し、軽減税率0%。しかも、その対象が広い。低所得者の購買力を守ろうという政策ですね。

しかし、イギリスは付加価値税からの税収が大きいというのは既述のとおり。テイクアウトや外食、そして一般の物品の購買などから、きちんと税収が確保できているということです。

日本はどうでしょうか。このままいくと、来年の10月からは標準税率10%に対し、軽減税率は8%に設定されます。しかも、その対象は以下のみとされています。

·酒類・外食・ケータリングを除く飲料食品
·週2回以上発行される新聞(定期購読契約に基づくもの)

イギリスとは違い、生理用品や赤ちゃん用の靴、本や雑誌などを買いたいと思うと、標準税率10%を負担しなければなりません。新聞だって、購読契約をしていない場合、たとえばキオスクで都度買う場合などには、標準税率10%がかかります。また、軽減税率の適用を受けたとしても8%の負担はしなければなりません。

20%標準税率に対し0%軽減税率が導入されている国があることを知ると、日本がこれから持つ2%の差は、低所得者の負担感を減らすことはない感じがしてきますね。

ちなみにOECD加盟国の中で最高の付加価値税率27%を持つハンガリーは、軽減税率を5%に設定しています。これも日本の軽減税率8%より低く設定されており、生活必需品の購買力を守ろうという政策が明らかに感じられます。そんなハンガリーも付加価値税からの税収は大変比重が大きく、税収のうち25%を占めています。(日本は14%)。

日本は歳入の不足や社会保障支出の拡大に対応するために増税に取り組んでいますが、消費増税でまかなおうとするのであれば、標準税率をさらに高く設定し、変わりに軽減税率ははるかに低く設定することで、歳入の増加と国民の生活必需品の購買の担保の両方を実現するということも、選択肢としてはあるかもしれません。

実際につい先日、OECD事務総長は“日本の消費税の標準税率を19%にすべき”と意見を述べました。

一部ネットでは“19%なんてありえない”という反応が見られますが、これはあくまで標準税率の話です。食料品の購入などにかかる軽減税率を分けて考える必要があるということを考える必要があります。日本の標準税率を19%に引き上げるべきという意見は、生活必需品にかかる軽減税率を19%に上げるべきという意見ではありません。多くのOECD加盟国では、軽減税率を0~8%に抑えています。

なお、軽減税率の恩恵は、低所得の世帯だけでなく、高所得の世帯も等しく受けます。ですので、これが本当に逆進性の解決になるのかは、議論が必要です。

そのほかの解決策としては、消費税制を通しての逆進性改善は極めて難しいので、所得の低い人に給付を行うというものがあります。結局、所得の低い者をケアする政策は、所得を軸に図る所得税にリンクさせて実現させるのが好ましいというところでしょうか。

皆さんは、どんな標準税率と軽減税率が望ましいと思いますか?

今日のケースの結論:イギリスなどのOECD加盟国と比べて、日本の消費税率は一見低いですが、軽減税率で比べるとそんなことはありません! 生活必需品の購入にかかる租税負担は、日本の方が高いかも?