所得税法などにおいて、「居住者」であるか「非居住者」であるかは、その課税を左右する重要なポイントの一つです。所得税法上の「住所」とは、民法上の「生活の本拠」を指すとするのが通説的な理解ですが、この点については、居住の意思をその判断に織り込むのか、単純な居住日数で判断するのかなどの論点が存在します。今回は遠洋マグロ漁船の船員の「住所」について考えてみましょう。

「居住者」と「非居住者」

所得税法5条《納税義務者》は、その1項において、「居住者は、この法律により、所得税を納める義務がある。」とする一方、2項において「非居住者は、次に掲げる場合には、この法律により、所得税を納める義務がある。」とし、同項1号は「国内源泉所得を有するとき」とします。

要するに、非居住者は、国内において行う勤務に対する給与や、国内にある資産の運用や譲渡により生ずる利益など、日本国内に源泉のある所得についてのみ課税がなされることとされています。

居住者に対しては、所得が生じた場所が日本国内であるか否かに関わらず原則としてそのすべての所得に対して課税がなされる、いわゆる「全世界所得課税」が採用されていることからすれば、「居住者」であるか「非居住者」であるかの判断は、所得税の納税義務の有無に直結する非常に重要な区分ということになります(なお、所得税法に限らず、相続税法などにおいても居住者であるか否かはその納税義務に大きな影響を与えます。)。

「居住」という用語からもわかるとおり、何も日本人であるか否かといった、国籍の有無等で居住者・非居住者の判断がなされるわけではありません。
所得税法2条《定義》1項3号は、居住者とは「国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて一年以上居所を有する個人をいう。」とし、同項5号は、非居住者とは「居住者以外の個人をいう。」としており、ここでは「住所」が国内にあるか否かが重要なポイントとなっています。

遠洋マグロ漁船の船員の「住所」

さて、遠洋マグロ漁船を運航する外国の法人等に雇用された納税者Xら(原告)が、その乗組員として稼得して得た金員について、処分行政庁が、Xらがいずれも所得税法が定める「居住者」であり上記金員は給与所得に該当するとして、Xらにそれぞれ所得税の決定処分を行った事件があります。
Xらは、自分たちは「非居住者」であり、国内源泉所得ではない上記金員に課税するのは違法であると主張して、それぞれに対してなされた所得税の決定処分等の取消しを求めました。

かかる訴えにつき、東京地裁平成21年1月27日判決(税資259号順号11126)及びその控訴審東京高裁平成21年6月25日判決(税資259号順号11232)は、いずれもXらの主張を排斥し、課税処分の適法性を認めています。

東京地裁判決は、「法令で人の住所について法律上の効果を規定している場合、反対の解釈をすべき特段の事由のない限り、その住所とは、各人の生活の本拠(民法22条)をいい、ある場所がその者の住所であるか否かは、社会通念に照らし、その場所が客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かによって判断されるべきである」としています(控訴審東京高裁も維持)。

生活の本拠とは?

このような考え方は通説の採用するところでもあり、所得税法上の「住所」を民法22条《住所》にいう「生活の本拠」と同義に捉える考え方は定着した考え方です。
ただし、「所得税法上の『住所』=民法上の『生活の本拠』」と整理したとしても、問題はこの「生活の本拠」をどこと認定するかにあります。

いわゆる武富士事件と呼ばれる事案において、最高裁平成23年2月18日第二小法廷判決(集民236号71頁)は、海外での居住日数と国内の居住日数を比較して判断すべきと論じていますが、本件のような遠洋マグロ漁業の船員の居住日数は、地上での居住日数よりも圧倒的に船内の方が多くなるのが通常でしょう。

マグロ漁業に係る出漁期間は、外地に基地をもち、その基地を中心に2年間も続けて出漁する「基地操業」と、小型船で2か月内外の出漁日数で帰港するものとがあるそうです。
漁場が遠く南太平洋や大西洋の場合には、航行日数だけでも30日以上かかるといい、目的の漁場に到着して操業を開始してからの期間も、100日に及ぶものもあり、200~300トン程度の船でも1回の出漁期間が半年にわたることが通例となっているようです(岩崎繁野=服部昭=山口理子「遠洋まぐろ漁船船員の傷病について」労働科学42巻9号653頁)。

本件東京地裁判決は、「遠洋漁業船など長期間国外で運航する船舶の乗組員は、通常その船舶内で起居し、その生活の相当部分を海上や外国において過ごすことが多いと考えられるところ、その者の生活の本拠が国内にあるかどうかの判断に当たっても、国内の一定の場所がその乗組員の生活の本拠の実体を具備しているか否かを、その者に関する客観的な事実を総合考慮し、社会通念に照らして判断するべきである。具体的には、その乗組員が生計を一にする配偶者や家族の居住地がどこにあるか、その乗組員が、船舶で勤務している期間以外の時期に通常滞在して生活をする場所がどこにあるかなどの客観的な事実を総合して判断することが相当であると解される。」としました(控訴審東京高裁も維持)。

すなわち、「生活の本拠」の判断に当たっては、単純な日数のカウントではなく、その者が果たしてどこに帰港するのか、家族がどこにいるのかといった点が重視されるべきとしたのです。

「生活の本拠」とはいっても「船内生活」はそこに含まれてはおらず、いってみれば、「帰るべき家」がある場所こそ、その者にとっての「生活の本拠」と判断されたものといえるでしょう。

(上記で示した文献のほか、齊藤正明『会社人生で必要な知恵はすべてマグロ船で学んだ』マイコミ新書2009も参照)