「移転価格」というと、大企業が対象という印象が強いが、最近では中堅・中小企業にも課税当局の目は向けられている。国税庁では、国際取引に関して重点項目に上げており、グローバルなビジネス展開をしている中堅・中小企業は、「移転価格文書化」や「ローカルファイル」の作成を視野に入れておく必要がある。
重機大手「IHI」(東京・江東区)がこのほど、東京国税局から「移転価格税制」の適用を受け、2016年3月期までの4年間で約100億円の申告漏れが指摘されたとのマスコミ報道があった。追徴税額(更正処分)は過少申告加算税などを含めてなんと約43億円。同社は処分取り消しを求めて不服申し立てをしているようだが、結論が出るまで、とりあえず43億円分は納税し、決算で同額を将来損金として引き当てることになるだろう。
移転価格というと、税理士や公認会計士をはじめ多くの人が、大企業対象というイメージが強いようだが、最近はそんなこともない。国税局だけでなく税務署でも「国際部門」を設け移転価格調査を行っている。国税局で行う移転価格調査は、大企業がターゲットになるため、調査期間は長期化し、2年前後に及ぶ。一方、税務署の調査は、それほど日数をかけられないため、実地調査は2~3日でできる簡易なもの。これを「簡易な移転価格調査」と呼ぶ。
税務署の国際税務担当は、ほとんどが国税局から人事交流で来ている人なので、いわば国際税務調査のプロフェッショナル。移転価格調査に慣れていない税理士や公認会計士では、調査においてイニシアチブをほとんど取られてしまうことが多い。
「移転価格文書化」「ローカルファイル」の作成
グローバルな経済動をする企業なら、企業規模にかかわらず、対課税当局対策として「移転価格文書化」や「ローカルファイル」の作成を検討しておく必要があるだろう。
わが国は、平成22年の税制改正で移転価格に関する税務調査の際に提出を求められる書類が明確化された。いわゆる「移転価格文書化制度」の制定だ。これが、平成28年度の税制改正で原則、①国別報告事項、②マスターファイル、③ローカルファイルの3つの移転価格文書の提出、または、作成・保存が義務化された。このうち、①国別報告事項と②マスターファイルは、平成28年4月1日以後に開始する会計年度において、直前会計年度の連結総収入金額が1千億円未満の多国籍企業グループは提出が免除されている。しかし、マスターファイルはグループ事業の全体像の把握を可能にするためのものであり、連結売上高が1千億円未満であっても、経営管理上作成している企業がほとんどだ。
一方でローカルファイルは、平成29年4月1日以後に開始する会計年度における海外子会社等との「前期の取引金額」が50億円以上(ロイヤルティなど無形資産取引の場合は3億円以上)の場合、確定申告書の提出期限までに作成(同時文書化)、原則として7年間保存義務がある。同時文書化義務がある場合、税務調査で求められたら、税務調査官が指定する45日(または60日)以内の期日までにそれを提出しなければいけない。指定された期日までに税務当局に提出できなければ、調査官は推定課税、または、同業者調査をすることが可能になる。国税OB税理士の話では「推定課税、同業者調査に基づく課税が行われた場合、納税者の反論は難しい。そのため、リスク対策としてローカルファイルの同時文書化義務がなくても、海外子会社等との取引が重要と考えられるような会社なら、税務調査対策としてローカルファイルを予め準備しておくとよい」と指摘する。
ローカルファイルの税法上の正式名称は、「独立企業間価格算定に必要と認めら書類」。大きく分けると、「海外子会社との取引の内容を記載した書類」と、「海外子会社との取引に係る独立企業間価格を算定するための書類」の2つに分類できる。内容は税法に規定があり、2016年6月に、国税庁からローカルファイルの例示集が公表されている。そこでは、各書類の説明と必要な情報の例、準備する書類などが掲載されている。http://www.nta.go.jp/shiraberu/ippanjoho/pamph/pdf/takokuseki_00.pdf8
ローカルファイル作成にあたっての例示集(平成28年6月国税庁)
全国に税理士は約7万7千人、公認会計士は約3万7千人(準会員含む)いるが、国際税務に強い者はほんの一握り。そのため、身近にいる顧問税理士や会計士が国際税務まできめ細かくサポートしてくれるというのは稀だ。一方で、移転価格課税を受けた場合、中小企業でも数千万円~数億円という税務リスクを負う。グローバルな経済活動しているなら企業なら、費用はかかるが通常の税務顧問のほかに、国際税務に精通した税理士にも関与してもらうことがリスク対策と重要だ。