平成27年分の国外財産調書の提出件数が前年比8.7%増の8893件になったことを、「富裕層の海外資産のトップは有価証券 国外財産調書から国税庁が実態把握」(https://kaikeizine.jp/article/3471/)の記事で紹介したが、国税庁は「富裕層」「海外資産」に照準を合わせて調査の強化に乗り出している。課税当局は、どういった体制で「海外資産」「富裕層」をチェックしているのだろうか。
東京国税局のある幹部は「平成27年分の国外財産調書の提出件数が東京局だけで5792件に達し、全体でも8.7%増の8893件となったが、喜んでいる場合じゃない。本当はこんな数字じゃない」と苛立っていた。当局幹部も、なぜ同調書の提出件数が増えないのか、理由は十分承知している。それは、これまで無申告で課税逃れしていた海外資産について、自らばらすわけがないからだ。「バレた時点で、過去に遡って課税されるし、隠せるだけ隠しておこうと言うのは分かっている」(当局幹部)。
とはいうものの、国税当局も理由を知りながら、何もしていないかというと、実は違う。情報収集のための体制強化に動いており、平成29年からは、「富裕層」「海外資産」をキーワードに調査も厳しくしていく。
国税庁が司令塔で国税局、税務署を動かしていく
国外財産に関しては、国税庁は平成29年7月から、国際課税における司令塔として、国税庁に国際課税企画官(仮称)のポストを設置する予定だ。「企画官」は基本的には、タタキ上げの「ノンキャリ」のポジションではなく、財務省・国税庁のエリートである「キャリア」の指定席。これまでの国際課税部門とは違い、法人、個人などの各部門の枠を超え、横の連携を強め情報収集していくと予想される。
そして、これにともない、すでに設置されている国税局の統括国税実査官(国際担当)や、国税局及び税務署の国際税務専門官のポストを増やし、国際課税に係る専担者等の増員を図る計画だ。
ここで、国税庁をピラミッドの頂点とする国税当局の国際関連部署について紹介する。
財務省の外局として国税庁が設置されているが、その下に11の国税局(札幌、仙台、関東信越、東京、金沢、名古屋、大阪、広島、高松、福岡、熊本)と1所(沖縄国税事務所)がある。国税局は、税務署の管理監督と、大企業等を対象に徴税事務・税務調査などを実施する。国税局の下に全国524の税務署が置かれる。役人用語では、民間企業風に国税局を本店、税務署を支店などと呼び、署長のことを支店長と言ったりもする(ただもっぱら職員は、署長のことを「オヤジ」と呼ぶのが一般的だ)。
さて、この国税組織だが、国税庁、国税局、税務署で国際担当がいる。まず、国税庁だが国際調査体制を担う部署は、「課税部」、「調査査察部」、そして国税庁長官官房の下にある「国際業務課」だ。この「国際業務課」には、海外の国税当局と協議する「相互協議室」、国際業務課の事務や企画・立案を行う「国際企画官」が配置されている。
「課税部」においては、「個人課税課」「資産課税課」「法人税課」の各課が税目別にその事務系統を統括。また「調査査察部」においては、大規模法人の調査に関する事務の指導・監督を行う「調査課」、大規模法人の海外取引や外国法人に係る調査に関する事務の指導・監督する「国際調査管理官」が配置されている。「査察課」もこの中に入る。
これら国税庁の各組織は、国税局や税務署のそれぞれの事務系統から情報を吸い上げ、分析し、国税局や税務署に指示していく。
国税局(沖縄は国税事務所)においては、規模によって組織が体制は多少違ってくるが、ここでは最も大所帯の東京国税局について紹介する。東京局において国際課税に係る調査及び情報収集等を行う部署は、「課税第一部」「課税第二部」「調査第一部」「調査第二部」「調査第三部」「調査第四部」に配置されている。
「課税第一部」では、国際調査に関する情報を分析しており、「国外送金等調書」や「国際取引連絡せん」などが集積されている。最近では、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ:International Consortium of Investigative Journalists)が公表する「オフショア・リークス・データベース」、「パナマ文書」なども分析を行い、調査事案の企画、立案、組成などが行われている。
国際調査事案は、各部各課が収集した資料情報やマスコミ情報、租税条約を締結している国の税務当局からもたらされる税務情報、過去の調査において作成された引継文書及び国税当局が保有するデータベースなどをもとに、関係部署が有機的に連携しながら調査事案を組成する企画型調査事案となることが多い。
「査察部」における国際事案を担当する「査察国際課」だが、犯則取締事案を取り扱うという特殊性から独自に情報収集を行い、査察事案の組成を行っている。
税務署における国際調査体制だが、すべての税務署ではないが比較的規模の大きい税務署に国際税務専門官が配置され、調査部門に対する調査支援や情報取集などを行っている。
また、東京局の一部の税務署は、海外取引を担当する統括官部門(たとえば、京橋・麻布・渋谷税務署法人税部門など)を設け、積極的に国際調査を実施している。
富裕層PTで情報収集
一方で、富裕層に対する情報収集の強化は、平成26年7月以降から東京、大阪、名古屋の各国税局に重点管理富裕層プロジェクトチーム(富裕層PT)を設置。同29年7月以降からは、全国的に同様の組織を設ける予定でいる。この「富裕層PT」における管理・調査対象は、重点管理富裕層およびそれを主宰する法人となっている。
平成27年6月29日に国税庁長官から、東京、大阪、名古屋の国税局長宛に「重要管理富裕層に係る管理等の試行について」という指示がだされた。それによると、国内取引はもとより、海外取引についての課税関係の検討も行い、所得課税、相続対策も含めた資産課税の観点も意識した中長期的な管理を行うとともに、各種の資料情報を集約し、総合的な調査を企画・実施できる体制を整備することとされている。これまで以上に、富裕層情報は詳細に収集・管理されると思ったほうがよい。
税理士などの間では、国税庁のこうした体制、情報収集の強化は、ジワジワと富裕層を追い詰めているとの指摘も少なくない。というのも、海外資産に関する修正申告を考える人がこの数年急速に増えてきたというのだ。大手税理士法人や資産税に特化した会計事務所には最近、海外資産に関連した相談件数が増え、中には修正申告をする資産家も出てきているという。資産を隠していなければ、決して怯えることはないのだが、それでもなんとなく不気味だ。富裕層にとっては、なんとも住みにくい時代になってきた。