返還不要の保証金に係るインボイスの取扱い

上述した契約書と適格請求書等の関係は、オフィス等の賃貸借契約の場合についても全く同様です(原則、適格請求書等の交付が必要)。

ところで、不動産の賃貸借契約では借主が差入れる保証金等について、契約当初から返還しないことが確定している場合があります。

消費税法では、借主に返還しない保証金等は事業用の資産の貸付けであれば消費税が課税され(消基通5-4-3)、貸主の課税売上げ・借主の課税仕入れの時期は当該保証金等を返還しないこととなった課税期間とされています(消基通9-1-23)。

しかしながら現在の不動産取引慣行では、借主・貸主間の保証金等の受払いにつき請求書や領収書を交付しない実務もあり得ることから、本年10月1日以降の対応が問題となります。

この点についても、インボイス制度導入後は適格請求書発行事業者である貸主には課税資産の譲渡等があった場合において、貸主の求めに応じ、返還しない保証金等に係る適格請求書等の交付義務が生じますので注意が必要です。

反対に、借主にとっても返還されない保証金等を課税仕入れとして仕入税額控除を適用するためには貸主から適格請求書等の交付を受ける必要があるのはいうまでもありません。

なお、契約当初から返還しないことが確定している場合ではなく、一定期間経過するごとに返還しない金額が確定する契約もあります。

この場合には、一定期間経過するごとに返還しないこととなる金額につき課税資産の譲渡があったものとして、貸主は適格請求書等を交付し借主はそれを保存することが必要となります[3]


[3] 週刊税務通信No.3745(令和5年5月29日)3頁参照。

土地建物一括譲渡に係る消費税の取扱い

土地建物の一括譲渡に係る消費税の課税問題については、従前より数多くの裁判例[4]がありますが、建物部分の譲渡代金の按分方法については国税庁HPのタックスアンサーNo.6301 において、以下の3つの方法が示されております[5]

  1. 譲渡時における土地及び建物のそれぞれの時価の比率による按分
  2. 相続税評価額や固定資産税評価額を基にした按分
  3. 土地、建物の原価(取得費、造成費、一般管理費・販売費、支払利子等を含みます。)を基にした按分

上記1.でいう時価とは、近隣の売買実例による価額や不動産鑑定評価額などが想定されます。

しかし前者については、複数の近隣売買事例が入手できる場合に限られることや不動産鑑定評価には専門家報酬等のコストがかかるというデメリットがあります。

また、上記3.は所謂再調達原価法といわれる手法ですが、土地及び建物の取得の時期が異なる場合の調整の困難さや、建物の工事原価見積には相当の専門知識が必要等のハードルがあり、余り一般的とはいえません。

したがって、実務的には上記2.の方法が最も一般的に用いられていると思われます。

ただし、固定資産税評価額の入手は容易である反面、例えば都心部における比較的古い建物についてはその収益還元額が適正に反映されず、建物比率が相対的に低くなってしまうといわれています。

なお、消費税法基本通達10-1-5は土地及び建物それぞれの対価につき、所得税又は法人税の土地の譲渡等に係る課税の特例の計算における取扱いにより区分しているときはその区分した金額によると定めております。


[4] 最近でも、東京地裁令和2年9月1日判決(平成27年(行ウ)第695号)及び東京地裁令和4年6月7日(令和元年(行ウ)第480号)があり、いずれも、一括譲渡資産の譲渡価額の按分について、裁判所独自の不動産鑑定評価を採用し、固定資産税評価によるべきとする国側主張を排斥している。

[5] https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shohi/6301_qa.htm#q1

東京地裁令和5年5月25日判決[6]

(1)事案の概要

中古住宅買取販売事業を営む原告Xは、中古物件を仕入れてリフォームを行い、当該物件の価値を増加させた上で顧客に販売するというビジネスモデルを展開しておりました。

Xは、物件販売時の消費税額をXが過去に仕入れた個々の物件の固定資産税評価額の合計額のうち建物の固定資産税評価額の占める割合の平均値を求め、これに消費税率8%(当時)を乗じて算定しており、これに従い土地建物の一括譲渡に係る売買契約書に土地の価格及び建物の価格を記載した上で消費税の申告をしたところ、課税庁よりリフォームに係る付加価値が建物の価格に反映されていないとして、更正処分等を受けました[7]

本件は、一括譲渡に係る売買契約書に土地の価格及び建物の価格が区分されている場合であっても、それが合理的に区分されていないとして、土地及び建物の時価の被で按分すべき(消令45③)かどうかが争われた事例です。

(2)裁判所の判断

東京地裁は、上記「合理的に区分されていないとき」に該当するか否かを判断するに当たり、同項の趣旨が「事業者が恣意的に課税資産の譲渡の対価の金額を設定して納税義務を免れようとする事態を防止するところにもある」ことに鑑みて、以下のような考え方を示しました。

Xが指摘するような合意の形成過程に合理性があるかどうか(筆者注:Xは売買契約書により、当事者間で課税資産の譲渡の対価の額を非課税資産の譲渡の対価の額と区分して合意していると主張)に限られず、当該課税資産及び非課税資産のそれぞれの本来的な価額の比率や、これらを仕入れた際のそれぞれの対価の額の比率との比較において、課税資産の対価の額の割合が過少になっていないかどうかなどの事情をも考慮すべきものと解するのが相当である。

裁判所は、次いで、Xがリフォームによって建物の交換価値を高めていたにもかかわらず、Xによる算定方法では、それを適切に反映したものとはいえず、その結果としてXが高額の消費税の還付を受けることになったことを踏まえると、売買代金総額に占める課税資産である建物対価の額が、非課税資産である土地の対価に比して著しく過少に区分されていたものといわざるを得ないと判示しました。

その上で、国側の建物価格の算定方法を検討し、Xが行ったリフォーム等の費用を価額として付加することにより算出した額をもって消費税法施行令45条3項の「価額」とした本件更正処分は適法と結論付けました。

なお、本件は6月8日付で控訴されています[8]

(3)検討

本判決の意義は、当事者間で合意された比率又は価格であれば消費税法上は問題なしとはならないことを示した点にあると思われます[9]

しかしながら、上記のタックスアンサーの記載や消費税法基本通達の書き振りからは、裁判所の示した見解は必ずしも完全には窺い知れないため、納税者の法的安定性の確保という観点からは不十分といえます。

したがって、今後課税庁は、納税者に対する注意喚起の意味で、何らかの周知を図る必要があると考えます。


[6] 判例集未掲載。

[7] https://ssl4.eir-parts.net/doc/8919/tdnet/1820882/00.pdf

[8] https://ssl4.eir-parts.net/doc/8919/tdnet/2297091/00.pdf

[9] 「土地建物一括譲渡、契約書価額費を否認」T&Amaster No.982(2023.6.12)17頁参照

【執筆者過去記事】

インボイスがやって来る(その10)

インボイスがやって来る(その11)

インボイスがやって来る(その12)

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