「2割特例」が適用できなくなった場合の簡易課税制度の選択適用
上記のとおり、基準期間における課税売上高が1千万円を超える課税期間については、「2割特例」の適用ができなくなるため、次善の策として、簡易課税制度の適用を検討することになろうかと思います[3]。
そもそも「2割特例」は、インボイス制度への移行に伴いインボイス発行事業者となる者の消費税に係る納税義務の定着を図るため、3年間の経過措置として講じられたものであり、その期間経過後もスムーズに制度に対応できるよう、簡易課税制度の届出についても特例が設けられました[4]。
簡易課税制度の選択は、本来であれば、適用しようとする課税期間開始前の課税期間中に簡易課税制度選択届出書を提出しなければなりません(消法37①)。
しかしながら、「2割特例」の適用を受けた課税期間の翌課税期間中に、簡易課税制度選択届出書を提出すれば、その提出した日の属する課税期間から簡易課税制度を適用することができることとされました。
上記の個人事業者の例でいえば、仮に令和5年課税期間の課税売上高が1千万円を超えた場合、令和5年12月31日までに課税選択不適用届出書を提出して、令和5年10月1日から同12月31日までの課税期間及び令和6年課税期間について「2割特例」を適用して申告し、その後、令和7年12月31日までに簡易課税制度選択届出書を提出すれば、令和7年課税期間については、簡易課税制度の適用を受けられることとなります。
ところで、簡易課税制度では、課税売上に係る消費税額にみなし仕入率を乗じた金額が仕入に係る消費税額とみなされます(消法37)。
みなし仕入率は、事業区分ごとに以下のように定められております(消法37①、消令57)。
事業区分 | みなし仕入率 | 該当する事業 |
第1種事業 | 90% | 卸売業 |
第2種事業 | 80% | 小売業 |
第3種事業 | 70% | 農業、林業、漁業、建設業、製造業、電気業、ガス業熱供給業及び水道業 |
第4種事業 | 60% | 第1種~第3種及び第4種~第5種以外の事業 |
第5種事業 | 50% | 運輸通信業、金融業及びサービス業 |
第6種事業 | 40% | 不動産業 |
したがって、上記「2割特例」より有利となるのは、第1種事業に区分されるみなし仕入率90%の卸売業のみということになります。
なお、消費税実務において、還付請求手続と並んでトラブルの多いのが、簡易課税制度を適用する場合の事業区分の誤りといわれています。
例えば、第1種事業に該当するとして申告した後で、税務調査によって第2種事業区分が正しいとして更正処分を受けた場合、税額は単純に2倍に増額されてしまうので、注意が必要です。
過去の裁判例でも、歯科技工士を第3種事業とした原審判決を取り消し、第5種事業とした名古屋高裁判決[5]、パチンコ業は第2種事業であるという控訴人の主張を排斥し、第5種事業とした東京高裁判決[6]、元受業者から主要材料の支給を受けて建設工事を行う事業は、第3種事業ではなく第4種事業とした大阪地裁判決[7]、自動車板金塗装業は第3種事業ではなく、第5種事業とした熊本地裁判決等があります。
[3] 当然ながら、簡易課税制度を適用するためには、その基準期間における課税売上高が5千万円以下という要件を満たす必要がある。
[4] 前掲注(1)147頁
[5] 名古屋高判平成18年2月9日。なお、原審は名古屋地判平成17年6月29日。納税者は最高裁に上告及び上告受理申し立てを行ったが、最高裁は、平成18年6月20日に上告棄却及び上告不受理決定をした。
[6] 東京高判平成15年12月18日
[7] 大阪地判平成12年3月29日
調整対象固定資産の3年縛りと「2割特例」
免税事業者に固定資産取得の予定があり、本則課税を選択してその取得価額に含まれる消費税部分を回収したいと考える場合、当該資産を取得する日の属する課税期間開始前に課税事業者選択届出書を提出して課税事業者となるというのは従前から行われておりました。
これがたまたまインボイス制度導入時(本年10月1日)と時期が重なった場合を考えてみます。
例えば3月決算法人である免税事業者(A社)が令和5年4月1日から同年10月1日までの間に調整対象固定資産[8]に該当する資産を取得することを予定していた場合、令和5年3月31日までに課税選択届出書及び適格登録申請書を提出すれば、令和5年4月1日から消費税の課税事業者となり、本則課税により、同資産の取得を課税仕入れとして、仕入税額控除の対象とすることが可能となります。
そうすると、A社の令和5年4月1日から令和6年3月31日まで(令和6年3月期)の課税期間は、本則課税により消費税の確定申告を行いますが、課税選択届出書を提出した課税事業者である以上「2割特例」を適用することはできません。
また、課税事業者を選択し、調整対象固定資産の仕入れ等を行った事業者は、その仕入等を行った課税期間の初日から3年を経過する日の属する課税期間の初日以後でなければ選択不適用届出書は提出できない(消法9⑦)、つまり、調整対象固定資産の仕入れ等を行って以降3年間は課税事業者であることが強制されます(いわゆる3年縛り)。
この事業者免税点制度の適用を受けられない3年間については、簡易課税制度の適用も受けられないこととされています。
なお、上記のとおり、「2割特例」は令和8年9月30日までの日の属する課税期間に適用可能なので、A社の場合、令和9年3月期の課税期間には、その基準期間の課税売上高が1千万円を超えない限り、(何もしなくても)「2割特例」が適用可能となります。
これを図示すると下記のとおりとなります。
【出典】令和2年版「図解消費税」(大蔵財務協会)60~63頁を参考に筆者が作成
ただし、令和6年3月期の課税期間については、場合によっては、本則課税を適用して確定申告するより、「2割特例」を適用した方が納税者にとって有利となるケースもあり得ると考えられます。
例えば、課税売上げの金額が相対的に大きく、それに比して調整対象固定資産の仕入れ等の金額が相対的に小さく、かつ、固定資産の取得以外の課税仕入れがほとんどないといったケースが考えられます。
このような場合には、令和6年3月31日までに選択不適用届出書を提出すれば、上記のとおり、最初に提出した課税選択届出書の効力は、遡って失効とされますので、令和6年3月期の課税期間より、「2割特例」の適用が可能と考えます。
ただし、この選択不適用届出書の特例は、令和5年10月1日の属する課税期間中のみの措置となりますので、例えば、令和6年3月期の課税期間より後の課税期間において調整対象固定資産の仕入等を行った場合には適用されず、その仕入を行った課税期間から3年縛りが強制適用されることになります。
[8] 調整対象固定資産とは、棚卸資産以外の資産で、税抜対価の額が一の取引の単位につき100万円以上のものをいう(消法2①十六、消令5)。なお、高額特定資産(税抜対価の額が一の取引の単位につき1,000万円以上の棚卸資産及び調整対象固定資産をいう。消法12の4参照)の場合の取扱いも本稿における調整対象固定資産の場合と同様であるため、記載は省略する。
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