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酒井克彦の「税金」についての公開雑談~モーレツ社員にとっての「生活」概念~

レジャーに使われていたサラリーマンの自家用車が「『生活』に通常必要でない資産」とされた最高裁判決があります。モーレツ社員という表現に代表されるように、高度経済成長期におけるサラリーマンにとっての「生活」とは仕事が中心であったのかもしれません。しかし、所得税法上の「生活」概念について、現在でもそのような捉え方は妥当といえるのでしょうか。

事案の概要

租税法にとって極めて重要な判例といわれている事例の一つにサラリーマンマイカー訴訟があります。これは、会計事務所に勤務する給与所得者であるX(原告・控訴人・上告人)が、自家用車(以下「本件自家用車」といいます。)を自損事故により破損させ、修理をすることなくスクラップ業者に3000円で売却したことによる売却損の取扱いが争われた事例です。Xは、この譲渡により、本件自家用車の帳簿価額30万円から売却価額を控除した29万7000円の譲渡損失が生じたとして、給与所得と損益通算をして申告をしました。これに対して税務署長Y(被告・被控訴人・被上告人)は、かかる譲渡損失の金額は給与所得と損益通算をすることはできないとして更正処分を行ったため、Xがこれを不服として提訴したというものです。ここでは、所得税法上の「生活に通常必要でない資産」(所法62、所令 178 ①)という概念や「生活に通常必要な動産」(所法9 ① 九、所令25)という概念の解釈が問題となりました。

 

第一審神戸地裁の判断

神戸地裁昭和61年9月24日判決(訟月33巻55号1251頁)は、「Xは給与所得者であるが本件自動車の使用状況も大崎事務所への通勤の一部ないし全部区間、また勤務先での業務用に本件自動車を利用していたこと、本件自動車を通勤・業務のために使用した走行距離・使用日数はレジャーのために使用したそれらを大幅に上回っていること、車種も大衆車であることのほか現在における自家用自動車の普及状況等を考慮すれば、本件自動車は原告の日常生活に必要なものとして密接に関連しているので、生活に通常必要な動産(法9条1項9号、令25条)に該当するものと解するのが相当である。」としました。所得税法上、「生活に通常必要な動産」の譲渡益は非課税となり、譲渡損はないものとみなされることになるところ、本件自家用車は、「生活に通常必要な動産」に該当するため、その譲渡損は同法上何らの考慮も得られない、すなわち、損益通算をすることは認められないというわけです。ここでは、レジャーのために使用されていた頻度よりも大幅に上回って通勤や業務の用に供されていたという点が認定されたため、「生活に通常必要な動産」に該当するとされたのです。

控訴審大阪高裁の判断

この判決は控訴されました。控訴審大阪高裁昭和63年9月27日判決(訟月35巻4号754頁)は、「本件自動車は給与所得者であるXが保有し、その生活の用に供せられた動産であって、供用範囲はレジャーのほか、通勤及び勤務先における業務にまで及んでいると言うことができる。ところで、右のうち、自動車をレジャーの用に供することが生活に通常必要なものと言うことができないことは多言を要しないところであるが、自動車を勤務先における業務の用に供することは雇用契約の性質上使用者の負担においてなされるべきことであって、雇用契約における定め等特段の事情の認められない本件においては、被用者であるXにおいて業務の用に供する義務があったと言うことはできず、本件自動車を高砂駅・三宮駅間の通勤の用に供したことについても、その区間の通勤定期券購入代金が使用者によって全額支給されている以上、Xにおいて本来そうする必要はなかったものであって、右いずれの場合も生活に通常必要なものとしての自動車の使用ではないと言わざるを得ない。そうすると、本件自動車が生活に通常必要なものとしてその用に供されたと見られるのは、Xが通勤のため自宅・高砂駅間において使用した場合のみであり、それは本件自動車の使用全体のうち僅かな割合を占めるにすぎないから、本件自動車はその使用の態様よりみて生活に通常必要でない資産に該当するものと解するのが相当である。」として、本件自家用車は「生活に通常必要な動産」に該当するとした第一審判決を覆し、「生活に通常必要でない資産」に該当すると判断しました。その理由として、本件自家用車をレジャーの用に供することが生活に通常必要なものと言うことができないことは多言を要しないとした上で、生活に通常必要なものとして通勤に使っていた部分は全体の使用頻度からみて僅かであったことを指摘し、したがって、「生活に通常必要な動産」には該当せず、「生活に通常必要でない資産」に該当するというのです。なお、上告審最高裁平成2年3月23日第二小法廷判決(集民159号339頁)もこの判断を維持しました。

サラリーマンにとっての生活

もっとも、所得税法は、「生活に通常必要でない資産」の譲渡損失について損益通算の制限を設けているため。本件自家用車が神戸地裁のいうように「生活に通常必要な動産」に当たることになろうが、大阪高裁及び最高裁のいうように、いずれにしても、Xの譲渡損失は同法上考慮されないということとなり、結論としては同じことになります。

しかしながら、給与所得者にとっての「生活」は果たして仕事だけなのかという疑問については議論すべき余地があるのではないでしょうか。なるほど、高度経済成長期のわが国においては、モーレツ社員という表現に代表されるように、「生活」の中心は仕事であったかもしれません。しかし、生活のために仕事をするという考え方も当然にあり得るわけであって、そのような考え方からすれば、むしろ「生活」とはレジャーや家庭生活にあるということになりそうです。そう考えると、「生活に通常必要でない資産」や「生活に通常必要な動産」にいう「生活」を仕事に限定していた当時の裁判所の考え方が今日にまでそのまま適用できるとは言えないかもしれません。
安倍晋三首相は内閣官房に設けた「働き方改革実現推進室」の開所式で訓示し、室長の杉田和博官房副長官や職員約30人に「『モーレツ社員』の考え方が否定される日本にしていきたい」と述べたと報道されています(2016年9月2日付け朝日新聞デジタル)。

いまや、「仕事=生活」という思考そのものに見直しが迫られていることを考えると、上記のサラリーマンマイカー訴訟の射程の見直しという問題関心も惹起されるところです。

著者: 酒井克彦

中央大学商学部教授 兼 法科大学院教授/法学博士

中央大学商学部教授。法学博士。現在、税務会計論・租税法などを担当。一般社団法人アコード租税総合研究所 所長、一般社団法人ファルクラム 代表理事。単著に『スタートアップ租税法〔第3版〕』、『クローズアップ保険税務』他5冊のアップシリーズ、『所得税法の論点研究』(財経詳報社)、『裁判例からみる所得税法』、『裁判例からみる法人税法〔2訂版〕』(大蔵財務協会)、『レクチャー租税法解釈入門』(弘文堂)、『プログレッシブ税務会計論Ⅰ、Ⅱ』(中央経済社)、『アクセス税務通達の読み方』(第一法規)など。その他、論文多数。
■一般社団法人アコード租税総合研究所
http://accordtax.net/
■一般社団法人ファルクラム(FULCRUM)
http://fulcrumtax.net/

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