かつての威光は消えたものの、霞ヶ関で官僚の中の官僚といわれるのが、財務省事務次官だ。現在の事務次官は佐藤慎一氏だが、その前の3代は「花の昭和54年組み」と言われ、異例中の異例人事が行われた世代だ。今、霞ヶ関で関心が高まっている財務次官人事について触れてみる。

「花の54年組み」と聞いてピンと来た方は、なかなかの事情通。何かというと、前財務省事務次官の田中一穂氏ら、昭和54年に当時の大蔵省に入所したキャリア組みのことだ。前々事務次官の香川俊介氏(故人)、その前の事務次官の木下康司氏(コロンビア大学客員研究員、日本政策投資銀行副社長)と、同期から3代続けて事務次官を輩出している、特別な期なのだ。他にも安倍晋三政権の影のキーマンと言われる政治家、一億総活躍担当の加藤勝信氏が同期だ。

加藤大臣のことは別にして、財務省の歴史を紐解いても、同期から3代続けての事務次官を出したことは前例にない。3氏ともに東大法学部卒、木下氏と香川氏は主計畑、田中氏は主税畑の違いはあるものの、3氏とも主計局長から財務次官ポストを掴んでいる。同期3代が実現したのは、安倍首相の強い希望からだと言われている。田中氏は、消費増税の必要性を裏付ける「税と社会保障の一体改革」のスキーム作りで主導的な役割を担ったほか、第一次安倍政権では首相秘書官を務め、安倍首相から絶大な信用を集めた。安倍首相としては、香川氏が事務次官ポストに就くときから、田中氏の事務次官ポストが頭にあったといわれる。官僚のポストは、ある程度いくと決まってくるが、入省期でバランスよく配置していくのが慣例。同期で続けてしまうと、バランスが崩れてしまうからだ。そのバランスを崩してまでも、安倍首相は田中氏を押し、それを実現させた。

官邸主導人事は、実は霞が関の縦割り行政を排除するため、幹部に関しては政府の内閣人事局が一元的に管理している。新たな次官を決める際も各省が候補を提出してもらうものの、最終的には官邸の意向が反映されると言われる。中でも、菅義偉官房長官の影響力は大きく、佐藤氏の事務次官就任も、財務省を挙げて首相官邸に平伏し、安倍首相が仲立ちしたことで、菅官房長官が了承したと、もっぱらの噂だ。というのも、佐藤氏は一昨年の税制改正でもめた、「軽減税率騒動」で菅義偉官房長官の不興を買った人物だからだ。菅官房長官の怒りが普通ではなかったため、佐藤氏の事務次官の目は絶たれ、佐藤氏は主税局長を最後に退官まで囁かれていた。

規定人事を守りたかった財務省。そもそもこのガチガチの年功序列人事は、前進の大蔵省のときに敷かれた。とくに、田中角栄氏と福田赳夫氏による“角福戦争”が大蔵省人事にまで及び、田中角栄氏が高木文雄主税局長を推し、福田赳夫氏が橋口収主計局長を推して“角福代理戦争”とまで言われるような事態が発生したことも大きい。人事を政争の具にさせないための“省益を守る”一つの手段がガチガチの年功序列人事だったわけだ。

このガチガチの事務次官人事も、またひと波乱有るかもしれない。規定路線なら今年6月の人事で、佐藤氏は事務次官を退任、福田主計局長が事務次官に昇格し、岡本官房長が主計局長に就任するはずだが、金融庁の森信親長官を押す声も聞かれるのだ。もし実現すれば前例のない仰天人事だが、同期から3代続けての人事といい、かつてないほどの強さを誇る安倍政権では、前例はあまり重視されない。何よりも、今回、安倍首相と菅官房長官が森氏に対して高く評価している。将来の日銀総裁候補とも期待され、官邸との信頼関係をなかなか構築できない財務省を圧倒し、存在感は高まる。

麻生太郎財務相は、金融担当相を兼務していることから、森氏との関係も深い。さらに佐藤財務次官と森氏は昭和55年に旧大蔵省に入省した同期とくる。もし森氏が次期財務次官就任したとしても、福田局長を留任させ、その次の事務次官に昇格させるとの話も聞かれ、財務官僚も1年の条件付なら頑なに反対も出来ないとの見方もある。6月の事務次官人事に注目したい。