花押と遺言書を巡る最高裁判決
さて、この花押は、実は現在も使われることがあるのです。
最近示された最高裁平成28年6月3日第二小法廷判決(民集70巻5号1263頁)の事例を簡単に紹介しましょう。
B(大正7年生)とAの間には、長男Y1、二男X、三男Y2がいました。Bは、琉球国の三司官を多数輩出した名門であるR家の第20代当主でした。Bは、生前、遺言書を作成しましたが、そこには、「家督及び財産はXを家督相続人としてR家を承継させる。」という趣旨の記載とともに、「R家十八世二十代家督相続人B」として、その名の下にBが、花押を書いたものでありました。Bは平成15年7月12日に死亡しました。
本件はYらが、本件遺言書に係るBの遺言が無効であることの確認を求めた事案です。すなわち、Bは、本件遺言書に印章による押印をせず、花押を書いていたことから、花押を書くことが民法968条《自筆証書遺言》1項の押印の要件を満たすか否かが争点とされたのです。
那覇地裁平成26年3月27日判決(民集70巻5号1277頁)及び原審福岡高裁那覇支部平成26年10月23日判決(民集70巻5号1298頁)は、本件遺言書による遺言を有効とし、Xは本件土地の遺贈を受けたとしました。
これに対して、最高裁は、「花押を書くことは、印章による押印とは異なるから、民法968条1項の押印の要件を満たすものであると直ちにいうことはできない。そして、民法968条1項が、自筆証書遺言の方式として、遺言の全文、日付及び氏名の自書のほかに、押印をも要するとした趣旨は、遺言の全文等の自書とあいまって遺言者の同一性及び真意を確保するとともに、重要な文書については作成者が署名した上その名下に押印することによって文書の作成を完結させるという我が国の慣行ないし法意識に照らして文書の完成を担保することにあると解されるところ(最高裁昭和62年(オ)第1137号平成元年2月16日第一小法廷判決・民集43巻2号45頁参照)、我が国において、印章による押印に代えて花押を書くことによって文書を完成させるという慣行ないし法意識が存するものとは認め難い。」とし、「花押を書くことは、印章による押印と同視することはできず、民法968条1項の押印の要件を満たさないというべきである。」との判断を下しました。
歴史的にみれば、花押は署名の一種であり、今日でも閣議書には、閣僚の意思を表す花押を毛筆で書くことが内閣創設以来の習慣になっています(林修三「はんこの法律学(続)」法セ80号41頁)。また、旧刑事訴訟法20条(明治23年11月1日施行)に定めのある「捺印」につき、大審院明治32年5月16日判決(刑録5輯5巻49頁)は、「花押ハ我国従来慣用シ来リタル一種ノ印ナレハ判事ノ名下ニ花押アル以上ハ捺印ナシト云フヘカラス」として、花押も一種の印としていますし、旧刑事訴訟法(大正13年1月1日施行)74条1項でも、捺印できないときは、「花押又ハ拇印スヘシ」と定められていたのです(合田篤子・TKCローライブラリーZ18817009-00—040861415)。



