租税法の適用において、課税要件が満たされている中で、少額省略のような規定がないにもかかわらず、重要性の乏しい場合には納税義務が免除や軽減されるとする考え方が見られますが、果たして妥当なのでしょうか。今回は、いわゆるちり紙スリ事件を素材として刑法解釈との関係などからこの疑問を考えてみたいと思います。

価値なきちり紙と窃盗
ちり紙スリ事件とは、昭和44年のとある日の午後4時ころ東京都渋谷区の東急百貨店東横店7階に停止中のエレベーター内において、金員窃取の目的で被害者着用のズボン左後ポケット内に左手を差し入れ、同人所有の四つ折のちり紙13枚を抜き取ったところ、その直後に警察官に発見されたという事例です。
東京高裁昭和45年4月6日判決(判タ255号235頁)は、「刑法第235条の窃盗罪において奪取行為の客体となる財物とは、財産権とくに所有権の目的となりうべき物であって、必ずしもそれが金銭的ないし経済的価値を有することを要しない(昭和25年8月29日第三小法廷判決・刑集4巻9号1585頁)が、それらの権利の客体として刑法上の保護に値する物をいうものと解すべきであるから、その物が社会通念にてらしなんらの主観的客観的価値を有しないか、またはその価値が極めて微小であって刑法上の保護に値しないと認められる場合には、右財物に該当しないものというべく、従って、そのような物を窃取しても、その行為は、窃盗既遂罪を構成しないものと解するのが相当である」とした上で、被告人が被害者のポケットから紙幣と間違って抜き取ったちり紙13枚の財産的価値を斟酌し、表面の3枚については汚損しているとか、残り10枚についても「しわがより汚損が認められる古いものであることが認められるが、このようなちり紙の形状、品質、数量、用途および被害者がこれに対し特段の主観的使用価値を認めていたことを窺うに足りる証拠がないことに徴すれば、本件ちり紙は、その価値が微小であって、刑法上の保護に値するものとは認め難い」として窃盗罪(未遂)の成立を否定したのです。
刑法235条《窃盗》にいう「財物」にこれら13枚のちり紙が当たるかどうかについては、文理解釈を基礎とすれば疑いもなく当たることになるはずです。しかし、同判決は、これら13枚のちり紙は、刑法上の「財物」に該当しないとしたわけです。これは、情状酌量や犯意の認定の問題ではないことに注意をすべきです。
窃盗罪の客体は「他人の財物」と規定されています(刑法235)。本件のちり紙のような価値の小さいものはこの「財物」には当たらないという考え方から得られる示唆は、文理解釈のみの法解釈は時として妥当しないことがあり得るという点だといえましょう。