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酒井克彦の「税金」についての公開雑談~月はチーズでできている~

貿易協定の交渉においては、当事国が、それぞれ保護したい国内産業と、輸出を促進したい産業の折り合いをつけるため、様々な駆け引きがなされます。昨年、我が国はEUとEPAを妥結しましたが、日本産品の「攻め」としては工業製品の関税撤廃、「守り」としてはコメを関税撤廃等の対象から除外するなどの枠組みで決定がなされました。今回は、EU側の「攻め」であるチーズの関税を巡っての議論に焦点を当ててみましょう。

チーズを巡る双方の思惑

日本とEU(ヨーロッパ連合)のEPA(経済連携協定)は、2017年7月、ベルギーで開かれた高級事務レベル会合で、双方の立場に隔たりが残っていた「紛争解決」に関する項目を協定から切り離すことで合意に達し、同年12月、交渉全体が妥結しました。
ここでの大きな争点の1つが「チーズ」の取扱いだったといわれています。EU側は、日本が輸入チーズにかけている関税の撤廃を強く要求し、これに抵抗する日本との間で調整が難航したというのです。

日本国内に出回っているチーズのうち8割程度は、フランス、イタリア、オランダ、デンマークなどヨーロッパ産ですが、日本はこれらのチーズに29.8%の関税をかけています。EU側としては、対日輸出額が300億円を超えているチーズの高い関税を、容易に受け入れることはできなかったというわけです。

そうした関税の問題だけでなく、2014年のウクライナ情勢の悪化をめぐって、ロシアがEU産農産物の輸入を禁止したことも大きな要因となったとされています。EUは、2015年に乳製品の原料、生乳の生産量制限を廃止していますが、EUにとって乳製品の一大市場であったロシアへの輸出ができなくなったことにより、牛乳の過剰生産状態にあったのです。

これに対して、日本では、国内農業生産に占めるコメの比率が低下傾向にある一方で、酪農の比重が高まり、農林水産省は乳業メーカーに国産チーズの生産強化を要請していました。将来的な需要が見込めるチーズに過剰な生乳を多く振り分けるためのこの要請を受けて、乳業メーカーは北海道東部に国内最大規模のチーズ工場を相次いで建設しました。しかしながら、その後、酪農家の離農が進み、一転して生乳生産が減少してしまったため、日本側としては、チーズの輸入が増えることを避けたい事情にありました。

双方ともにこうした事情を抱えながらも、最終的に日本は、カマンベールやモッツァレラなどのソフト系チーズをまとめて、協定発効から15年かけて、最大3万1000トン分の関税を撤廃することに合意しました。これは、EUからの現在の年間輸入量より約1万トン多い量です。TPPと直接比較されないよう、いくつかの種類をひとまとめにして、かつ、「一定量に限った関税撤廃」という内容にすることで、影響の拡大を避ける苦肉の策だったといわれています(NHK NEWS WEB平成30年1月5日配信記事参照)。

「月は生チーズからできている」

著名な経済学者であるケインズ(John Maynard Keynes)は、その著書『雇用、利子および貨幣の一般理論』(The General Theory of Employment, Interest and Money)の中で、「ばかげたことを信じる」という意味の「月は生チーズからできている」という諺にかけて、「人々が月を欲するために失業が生じる」のであって、失業を解消するためには、「生チーズが月と同じものであること」を納得させればよいという表現をしています。

すなわち、ここにいう「月」とは、欲望を抑制できないものとしての金ないし金貨を指し、「生チーズ」とは、中央銀行がいくらでも発行(発酵)できる紙幣を意味します(西部忠『貨幣という謎』220頁(NHK出版新書2014)参照)。その上で、月(金や金貨)への欲望の代わりに、人々に生チーズ(紙幣)が月(金や金貨)であると信じ込ませ、生チーズ工場(要するに、中央銀行)を国家の管理のもとにおいて好きなだけ生チーズ(紙幣)を生産(発行)して国民に供給すればよい、すなわち、貨幣供給の急激な膨張がケインズの失業救済策であったと指摘されています(西部・前掲書)。

EUとのチーズの関税議論は失業政策ではありませんが、国からの「国産チーズ増産の要請」を受け相次いで北海道に建設されたチーズ工場と、その後の生乳生産を巡る政策の失敗は、我が国の関税交渉に大きな影響を及ぼしたわけです。

著者: 酒井克彦

中央大学商学部教授 兼 法科大学院教授/法学博士

中央大学商学部教授。法学博士。現在、税務会計論・租税法などを担当。一般社団法人アコード租税総合研究所 所長、一般社団法人ファルクラム 代表理事。単著に『スタートアップ租税法〔第3版〕』、『クローズアップ保険税務』他5冊のアップシリーズ、『所得税法の論点研究』(財経詳報社)、『裁判例からみる所得税法』、『裁判例からみる法人税法〔2訂版〕』(大蔵財務協会)、『レクチャー租税法解釈入門』(弘文堂)、『プログレッシブ税務会計論Ⅰ、Ⅱ』(中央経済社)、『アクセス税務通達の読み方』(第一法規)など。その他、論文多数。
■一般社団法人アコード租税総合研究所
http://accordtax.net/
■一般社団法人ファルクラム(FULCRUM)
http://fulcrumtax.net/

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