相続税対策として行われたDESをめぐり、ある税理士法人は説明義務違反を問われ、顧問先から約3億2900万円の損害賠償金を請求された。こんな高額損害賠償金の支払い命令が下されたら、普通の会計事務所なら破産だ。こんなときに助けになるのが保険だが、税理士職業賠償責任保険(税賠保険)でカバーされる範囲にも限度がある。日本も訴訟社会になってきており、専門家に対する善管注意義務のハードルは高まる一方。どう業務リスクと向きあい、万一に備えていくのか、改めて問われている。

会計人に衝撃を与えた、今回の損害賠償裁判。争点は、税理士法人が顧問先に税務に関するリスク説明をしたかどうかという点だ。一審の東京地方裁判所は、顧問先の訴えを全面的に認め、税理士法人に対して、3億2900万円の損害賠償金の支払いを命じた。税理士法人はこれを不服とし、上級審で争うようだが、確かに「はい、そうですか」と、簡単に支払えるような金額ではない。日本を代表するような大規模事務所ならまだしも、普通の税理士法人や税理士事務所なら破産だ。
こんな場合、助けになるのが保険。税理士は、業務に関するミスで顧問先に損害を与えてしまったら、税賠保険に加入していると、保険金が支払われる場合がある。保険金の対象は、税理士業務に限るため、基本は税務申告、税務代理、税務相談といった部分のミスに限られる。ただ、最近の税務業務は、課税事実が生じた後の対応というよりも、事前の計画段階から想定される税務判断のアドバイスを求められることが多くなり、従来の税賠保険の補償範囲ではカバーされない部分がでてきた。
そこで、そうしたニーズに対応していくため「事前税務相談業務担保特約」が新設された。ただ、この特約は、「事前の税務相談業務」に限定しており、経営コンサルティングなど、税務に直接かかわらない業務については補償しない。たとえば、税理士や税理士法人の場合、経営アドバイスなどを行うケースが多いが、税務の要素が欠落していると保険金の支払い対象にはならない。また、あらかじめ行われる事前の税務相談であっても、税務以外の指導内容が混在し、また顧問先の意思決定責任などが加わった場合には、顧問先にも過失があることから保険金の支払い対象にならないこともある。
この「担保特約」で支払われる保険金額は、過大納付税額(還付不能税額を含む)で、1請求支払限度額の最高額5000万円(免責30万円)となっている。
年間保険料は、1請求1000万円の場合、基本保険料(税理士2人まで)1万8480円、3人目から1人増えるごとに9240円。5000万円の場合、基本保険料3万9120円、3人目から1人増えるごとに1万9560円だ。
この支払われる保険金に対して、月額保険料を高いと考えるかどうかは、扱う業務内容によって違ってくるが、こした特約が税賠保険にあるということは覚えておきたい。
さて、今回の損害賠償請求裁判の話に戻るが、気になるのが損害賠償金を請求された税理士法人が税賠保険に加入し、特約としてこの「事前税務相談業務担保特約」を付けていたのかという点。税賠保険は2014年7月1日から、前述した「担保特約」が新設された。今回の場合、税理士法人が顧問先から訴えられたのは、この特約が新設される以前の話。おそらく特約は付けていないと考えられる。
税理士業務には、リスクが付きまとう。とくに最近は、専門家の善菅注意義務のハードルが高くなってきているだけに、税賠保険の加入は自らを守るためにも不可欠なものになってきている。関与するクライアントも、顧問税理士が税賠保険に加入しているか否かは、仕事を依頼する上での判断材料となる向きがある。
ちなみに、税賠保険に加入している税理士は2万6751人で税理士全体の 46% 、税理士法人の場合は、2470件で全体の 81.28%となっている。(加入率の計算は、個人用保険では開業税理士数、法人用保険では税理士法人本店数を分母としている)
加入数は、個人事務所と税理士法人では、かなりの開きがあり、リスクマネージメントの意識の違いがはっきりした形だ。
米国の会計事務所は、クライアントからの損害賠償請求に備え、売り上げの何割かを保険料支払いにまわしており、経営を圧迫させる要因にもなっている。日本の会計事務所においても、積極的に事業拡大している事務所においては徐々に、米国の会計事務所同様の状況になってきたとの声も聞かれる。
ただ、税賠保険だけでリスク対策を考えていくと、保険料負担で経営を圧迫させる要因にもなりかねない。自家保険の発想や他の金融商品での資金捻出など、総合的に損害賠償金と向き合っていくことも重要だ。今回の争いは、会計事務所の業務内容が煩雑化、高度化していく中で、「イザ」というときのリスク対策について改めて考え直させるきっかけになりそうだ。