日産リバイバルプラン(NRP)は何が革新的だったか?
あまり一般的には知られていませんが、いわゆる日産リバイバルプラン(NRP)をゴーン氏と日産の当時の中堅幹部(のちに日産のトップになる方はこのときのメンバーから輩出されることになります)により策定されましたが、以下の3つの「コミットメント」が軸であり、また象徴的です。
今では普通に使われるこの「コミットメント」という言葉は実はこのゴーン氏によって普及したものだと記憶しています。
内容はといえば、3年以内に
- 1) 営業利益2903億円を達成
- 2) 営業利益率4.75%を達成
- 3) 負債額を9530億円に削減
3つのコミットメントはどれも会計数値です。
そしてこれが達成できなければ、ゴーン氏は社長を辞めるとまで宣言します。
よほどの自信があったと推察できます。
このNRPが革新的であったといわれる理由は、第一に経営計画の3つの柱をすべて数値で語ったこと、第二にそれを約束したこと(コミットメント、達成しなければ辞任する)です。
それまでの日本の上場企業の公表計画でここまで明確に「数値を明示し、それにコミット」するという企業はありませんでした。
ゴーン氏の自信の裏付けはいったい何だったのでしょうか?
そこには様々な要因がありますが、もう一人の外国人、ティエリー・ムロンゲという方がいます。
肩書は「最高財務責任者(CFO)」。
今では普通になった、CEOや、CFO、CIOという名称も思えばこの日産の再生が端緒だったのかもしれません。
さて、ムロンゲ氏は、ゴーン氏と二人三脚で日産のリストラを進め、日産リバイバルプランを達成させます。
ゴーン氏は日産の再生に自信があったわけですが、それは要するに「数年後のシミュレーションが完璧にできていた」ということにほかなりません。
ゴーン氏は日経ビジネスのインタビューでこう語ります(2003年1月13日号)。
「日本に無いものは経営だけだ」。
この意味するところは、日本には優れた製造技術も開発能力もある、と言っていることの裏返しだと思います。
もっと言えば、「日本には経営や企業の参謀役がいない」「日本には数値で経営を考える習慣がない」といっているのではないか、と会計士の私には思えるのです。
(ちなみに、2002年に独立した筆者は当初、中村公認会計士事務所、という名称でスタートしましたが、その後、この「経営参謀」「企業参謀」という言葉に惹かれ、事務所名を「コーポレート・アドバイザーズ」というブランドに変更したのです)
さて、皆さん、参考になりましたでしょうか?
経営と財務経理は一体ですね。
また次回よろしくお願いします。
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