主人公である26歳若手公認会計士が監査法人を辞めた勢いで独立し、せっかく安定したのに再就職して自分の居場所をだんだんと見つけていくフィクションライフスタイル。
この物語に登場する人物や団体、事象はフィクションです。

前章『7.ポジティブなベンチャーへの再就職』

(関連記事)

・第1章 俺、監査法人辞めるわ

・第2章① 監査法人辞めた後の選択肢はなんだ~①そもそも俺は何がしたい~

・第2章② 監査法人辞めた後の選択肢はなんだ~②公認会計士としてキャリアを積んできた俺の強みはなんだ~

・第2章③ 監査法人辞めた後の選択肢はなんだ~③自己分析した状況を踏まえて選択肢をよく考えてみる~

・第3章 勢いでなんか独立してみた

・第4章 食いつなげる仕事、いや食いつなげた仕事というべきか

・第5章 重宝される俺。舞い込む奇跡

・第6章 独立して安定しているが感じる焦燥感

・第7章 ポジティブなベンチャーへの再就職

 

華々しいフリーランス公認会計士として成功しているようなキャリアでも感じていた焦燥感。解決するためにはゴールのある、一人では成しえないチャレンジが必要だった。公認会計士の仕事の中でも花形であるIPOに挑むことにした。就職支援会社を活用し、就職活動を行って無事に勤め先も決まった。IPOの業務内容自体は究極のなんでも屋で泥臭いもの。新たなスタートが始まる。

本章『8.中の人ならではの苦労と鐘を鳴らすまで』

就職した会社は最先端のビジネスではあるが堅実な社長のもと、あと2年でIPOを成功させたい会社だ。初日、社長からCFOとして就任した者として紹介された。社員たちの顔つきは明るく活気があり雰囲気が良い。こういう会社は伸びる。安心感がある。社員たちからもIPOに向けて俺の役割も期待がされているようだ。その後は経理や監査役など関係各所と個別の挨拶と概要共有を受けた。

ざっと聞いた感じだがIPOを成功させるための大きなシコリはない。課題は急成長している組織の管理体制をどうやって構築・発展させていくかだ。簡単そうに見えて意外とこれが難しい。特にバックオフィス人員の採用に苦労しているようだ。これまでバックオフィスはほとんど外注してきたため一定水準のクオリティが担保されているが逆に言えば社内体制がバックオフィスとしては丸投げ状態でスカスカだったのだ。

実際にIPOで担当している証券会社からは内部統制の脆弱性として指摘を受けている。IPOするにしても外注を多用することが出来はするが、内部統制はあくまで会社の内部としてリスク管理をしないといけないからだ。丸投げして外注先からの返答を鵜呑み状態であることを指摘されている。

急に内部でバックオフィスを構築するわけにもいかないので、外部に委託する範囲やルール、権限体制などを見える化するプロジェクトを立ち上げることから着手することになった。さっそく現場から不満の声が上がってきた。ただでさえ伸び盛りの企業であり、営業の現場は事務作業の増加を嫌がる。

「IPOのためにルールが必要だってことはわかってはいますが、嫌です。」もはや理屈を通り越した気持ちの問題である。僕のことが嫌いだからでもない、これからIPOのためにどのくらい負担が増えるのだろうかといった不安もあるようだ。

とりあえず現場のキーマン達と飲みに行くことにした。バックオフィスの役割であってもバックオフィスはフロント業務をサポートする部署である。信頼関係を築くことが大切だからだ。仕事とは関係のないことも随分と話した。IPOが何かも、飲みの席だがあらためて成功させようという気概のもとで話した。もちろん仲良くなった。

だけど自分の狙いは実はそこじゃなかった。営業の現場の営業の課題をヒアリングしに行ったのだ。それも販路開拓やマーケティングの悩みだ。フリーランス公認会計士で培った人脈で営業先をいくつか繋いだ。売上を上げることを狙ったのじゃない。これはバックオフィスの人間としてではなく、会社全体の一員として、経営者の一人として、本気で現場のことも考えているということを伝えるためだ。

営業で成果が出てから現場からの態度が変わった。何をすればいいのか率先して聞いてくれる。IPOのために部署最適ではなく、会社全体のために必要なことをやろうという広い視野を持ってくれるようになった。社長から期待以上だと感謝の言葉を頂いた。キャリアとしてはブレていたが、フリーランス公認会計士でいたことが無駄ではなかった。

内部はそんなこんなで信頼関係を日々築きながら目の前の課題を延々と解決し続けるという形で強化していった。

IPOは外部の関係性も大切だ。主に監査法人、証券会社だ。日々チェックを受け続ける。上場に耐えられる水準になるために合理的に資料に基づいたコミュニケーションはもちろん必要だ。だけど資料だけでは足りない。

資料は極端な話、結論として取り繕えていれば足りてしまう。その過程の対応するスタンスや普段からの会社としてどういうガバナンスやコンプライアンスに対して意識があるかなども評価されるからだ。社長や重要なポジションに至っては定性的な経営者の資質も問われる。そういったところに疑義を唱えられないように意識のすり合わせを含めた関係者調整まで行う必要があるのだ。

監査法人や証券会社側はチェックする側、こちらはチェックされる側だが敵対する関係ではない。むしろ困難な課題を共に乗り越えていくため絆も生まれる。

それでもチェックされるというのは精神的な負担が大きい。これまであまりチェックを受け続ける側というのを経験してきていないためしんどい。時にはグッと堪えることもある。自分も公認会計士だから相手の手の内もわかるしロジックも理解できるが何気ない確認もしんどいものだなと感じることがしばしばある。頭ではわかっていても実際にその立場に立ってみて初めて実感できるものがあるなと思う。わかった気にならないように気をつけねばと心に秘める。

そういった感じで新しい会社にCFOとして就職して、内部にも外部にも気を遣いながら中の人としてひたすらIPOのための課題をこなしていく毎日を経て2年が経った。バックオフィスも整っているし、売り上げや利益も堅調でようやくIPOが実際に成功しそうだ。

憧れの鐘を鳴らす瞬間が訪れる。鐘は5人しかならせないが、鳴らす役として選んで頂けた。感慨深い。これまでの苦労が報われた気がした。

しかし、その後の方が俺には感動的だった。社員達との祝賀会だ。

そう、今回の俺は外部の人間ではない。
中の人として一緒に苦労を共にしてきたことを社員達と分かち合ったのだ。

監査法人を辞める頃から悩んできたキャリア。流されて目の前のチャンスを拾って成り行きで始めたフリーランス公認会計士は傍から見たら活躍して成功していた。しかし満足は得られなかった。むしろ焦燥感を感じていた。全国大会を目指す部活のように熱い仕事を信頼し合える仲間たちと成し遂げる経験をしたかった。

成功して積み上げてきたものを投げ出す覚悟で自分のキャリアに本当に必要としているやりがいを求めてチャレンジしたIPO。CFOという役割。それが結実したのだ。

鐘を鳴らしたことよりも、今この瞬間の信頼関係を築いて共に苦労を乗り越えてきた社員達との成功を噛みしめる一体感は何物にも代えがたい喜びだ。外の人間では決して得られなかった達成感だ。

あらためてキャリアについて思う。金や名声がすべてではない。キャリアを考えるということは、なんのために働くか考えるということなのだろう。やはり金や名声だけでは満たされない要素がある。

キャリアは自分の人生そのものだ。ずっと何かを追いかけ続ける必要はない。だけど俺のように一時だけでも自分の追いかけたいものを大切にしてみることも人生(=キャリア)には必要だ。

 


― 完 ―

【youtuberとしても活動中:お金のカラクリ侍

 


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