相続については帰省時などが話し時。親が元気な時ほど気構えずに話せるものです。そしてどんな相続でも、財産目録などを遺しておくことこそが不要なトラブル防止に役立ちます。今年7月、自筆証書遺言の制度が変わりました。ハードルが高い公正証書遺言よりも簡単かつ、以前の自筆証書遺言と比べ紛失・改ざんの可能性がなくなったとされる本改正。どのような点が変わったのか、ここで見ていきたいと思います。

制度の変更で遺言書を公的に保管できるように

7月10日、自筆証書遺言書保管制度が始まりました。これは、新たに法を整備し、公的な機関(法務局)で自筆証書遺言書を保管してもらえるようになるという新制度です。

一般的に利用される、法的に効力がある遺言書には、

  • 自筆証書遺言
  • 公正証書遺言

などがあります。

公正証書遺言のメリットには、

  • 遺言の内容について公証人の助言を受けることができる
  • 公証人がその原本を厳重に保管
  • 家庭裁判所での検認手続が不要

といった点があります。

しかし、公正証書遺言を遺すためには、

  • 法律専門家である公証人への依頼と、2人以上の証人の立会いが必要
  • 作成には財産価額に応じた手数料(数万円)が必要

といったハードルがありました。

一方、自筆証書遺言のメリットは手軽かつ自由度が高く作成無料なことにあります。

しかし、デメリットとして

  • 方式不備により無効になるおそれがある
  • 遺言者が自分でその原本を管理する必要がある
  • 遺言者本人の死亡後、家庭裁判所での検認手続が必要

がありました。

これまで、自筆証書遺言にかかる遺言書の多くは自宅で保管されていました。しかしそのことにより、

  • 遺言書の紛失
  • 自分の都合に悪いことが書かれた相続人による遺言書の廃棄
  • 隠匿
  • 改ざん

などの恐れがありました。

この度創設された制度は、紛失や破棄・隠匿などが行われないよう、遺言書を法務局で保管するものです。このことにより、公正証書遺言よりも手軽に、従前の手元に保管する方法よりは安全に遺言書保管ができるようになります。

「自筆遺言」保管の手続き

法務局での保管方法には、

  • 民法第968条が定める方式に適合しているか外形的な確認をした上で保管
  • 保管の申請を行うことで原本が保管され、画像データ化される
  • 死亡後には相続人が遺言書の証明書の交付請求や遺言書の閲覧請求が可能に。その際、検認は不要

という特徴があります。大きなメリットになるのは、検認不要という点。検認作業には、通常1カ月以上かかります。相続が発生してからは10カ月以内に手続きを行わなければいけないという時間勝負な中、検認に時間がかかるのは大きなロスです。これがなくなるのはメリットだと言えるでしょう。

実際に自筆証書遺言を保管するための手順としては、

  1. 自筆証書遺言に係る遺言書を作成
  2. 保管の申請をする遺言書保管所を決める(保管の申請ができる遺言書保管所は、遺言者の「住所地」「本籍地」「所有する不動産の所在地」のいずれか)
  3. 申請書を作成する
  4. 保管の申請の予約をする
  5. 保管の申請をする(保管の申請にかかる手数料…3900円)
  6. 保管証を受け取る

となります。

遺言者は預けるほかに、

  • 預けた遺言書を見る(遺言書の閲覧)
  • 預けた遺言書を返してもらう(撤回)
  • 変更事項を届け出る(変更の届出)

といったことができます。

「自筆遺言」を確認する手続き

相続人が、自筆証書遺言があることを聞いていた場合、または聞いていないが確認したい場合、遺言書保管所で手続きを行います。なお、遺言書を遺した人が亡くなった後にしかできません。

遺言者の死後に相続人等ができることは以下の通りです。

  • 相続人等が遺言書が預けられているか確認する(証明書の請求)
  • 相続人に自分が入っているかの確認ができる
  • 相続人等が遺言書の内容の証明書を取得する(証明書の請求)
  • 相続人等が遺言書を見る(遺言書の閲覧)

上記の手続きを行うには、手続きによっては相続人全員の戸籍謄本や住民票の写しが必要になるなど、それなりの手間がかかります。

遺言書保管所に保管されている遺言書につき、関係相続人等が閲覧・証明書の交付を受けると、他の関係相続人等に遺言書が保管されていることが伝わります。

ただし、関係相続人等が、閲覧等をしなければ、仮に相続が開始した(遺言者が死亡した)としてもこの通知は実施されません。

よって、相続人等がこの制度を知らない場合など、遺言書の存在が明るみに出ないままとなってしまう危険性が多分にあります。

そこで、遺言書保管官が遺言者の死亡の事実を確認した際、あらかじめ遺言者が指定した者に対して、遺言書が保管されている旨を通知する「死亡時の通知制度」も、令和3年度以降頃から本格的に運用が開始される予定です。

この制度は遺言者が制度の利用を希望する必要があります。

「自筆遺言」保管の有用性は?

以上で見てきたように、複数のメリットが認められる新保管制度。

これまで自筆証書遺言は全て自筆の必要がありましたが、民法改正により、平成31年1月13日より財産目録はパソコンで記載したものでも良くなったなど、自筆証書遺言の利便性は高まっています。

しかし、公的に保管されているからといって、公正証書遺言と違い遺言の中身が法的に問題ないかどうかを担保しているわけではない点に注意が必要です。

また、従来の手元に保管する自筆証書遺言制度がなくなったわけではなく、例えば、以下のような事例を防げるわけではありません。

実際に自筆証書遺言書が、利害が対立する相続人から何度も出された事件として、「一澤帆布事件」があります。

京都の老舗鞄メーカー「一澤帆布」では、先代が亡くなり会社の顧問弁護士が預かっていた遺言書を開封。自身の共同経営者である三男に経営する会社の株式を譲渡するという内容でした。しかしその後、長男が「生前に父から預かっていた」と第二の遺言書を提出。内容は、長男へ株式の大半を相続させるものでした。裁判の結果、長男の訴えが認められ、会社の株は長男へ。しかしこの事件ではその後、第一の遺言書で相続人だった三男の妻が(最初の裁判には不参加)再度訴えを起こし、最終的に三男の訴えが認められたことで終わりました。

顧問弁護士が預かるという、一般的な自筆証書遺言よりも確実そうな手法がとられていた遺言書があっても、後から出てきた遺言書の方が日付の上では新しく自筆証書遺言の要件を満たしていたため一度は無効とされたわけで、何通も遺言書が…という事態を防げるわけではありません。

自分に都合の悪い遺言書を握りつぶす、遺言書を遺したのに間違って捨ててしまった、といった事態は避けられますが、相続を“争続”にしないためには、生前から被相続人・相続人がお互いの意思を確認しておくことが最も大切――ということに変わりはないようです。


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