インボイス制度導入を断念した消費税法の成立
国税通則法15条2項7号は、消費税等の納税義務の成立について、「課税資産の譲渡等をしたとき」と規定しており、このことから、消費税法は、課税資産を譲り受けた側における「消費」に着目する税、つまり「行為税」として構成され、個々の取引時に「納税義務が成立」するという基本的性格を有する税である[3]と言われています。
すなわち、消費税は、所得税や法人税のように、一定期間経過後に納税義務が成立する「期間税」ではなく、個々の当事者による取引成立時に(売主側に)納税義務が成立するため、その取引額が取引時に観念できる仕組みでなければなりません。
そうすると、個々の当事者間で、取引額が客観的に明らかとなる文書の交付が不可欠となると考えられます。
この点につき、三木教授は、「この制度の下では、個々の取引ごとに成立する納税義務が税額票の交付及び記載で確認されねばならないことになる。そのことを可能にするためには、個々の取引において客観的にあり得る『時価』を納税義務成立の要件に組み込むことはできず、取引によって具体的に支払われる『対価』を基礎とせざるをえないことになる。」[4]と述べ、この「『対価』概念はこのように取引時に納税義務が成立することに対応して用いられている概念であることに留意しなければならない。」と説明されています。
ところが、本稿第1回[5]で解説したとおり、平成元年の消費税導入に当たり、事業者に余計な負担や費用をかけるのは好ましくないという配慮から、仕入税額控除の方法として、インボイス方式ではなく、帳簿方式が採用されました。
このことが、益税を始めとする、消費税法上の様々な問題を引き起こしているのもまた、事実といえます。
三木教授はまた、「取引時に税額票を交付せずに、帳簿で判断し、課税期間終了後に申告を通じて確定していくうちに、実務は『対価』概念を期間税的に変容しはじめ、裁判例がそのような取扱いを安易に肯定し、行為税の性格と全く相いれない解釈を展開し始めている。」[5]と批判しています。
消費税法上の「対価性」を巡る様々な裁判例では、大きく、(1)緩やかな対価性を認めるものと、(2)厳格な対価性を要求しているものに分かれており、前者には課税売上該当性が問題となった事例、後者には、課税仕入れ該当性が問題となった事例が多いとされています。
以下では、それぞれの裁判例の判示内容を見ていきます。
[3] 三木義一「消費税法の基本的構造と対価~誤った趣旨解釈への反論」(税理・2014年3月号)146頁。
[4] 三木・前掲注(3)148頁。
[4] https://kaikeizine.jp/article/31405/
[6] 三木・前掲注(3)149頁。
消費税法上の対価性を巡る裁判例
(1)緩やかな対価性を認めるもの
- 大阪高判平成24年3月16日(京都弁護士会事件)
「事業者が収受する経済的利益が、消費税の課税要件としての『資産等の譲渡(本件においては役務の提供)』における対価に該当するためには、事業者が行った当該個別具体的な役務提供との間に、少なくとも対応関係がある、すなわち、当該具体的な役務提供があることを条件として、当該経済的利益が収受されるといい得ることを必要とするものの、それ以上の要件は法に要求されていないと考えられる(下線筆者)」
「消費税の制度趣旨及び法の規定からすれば、本来、消費税の課税対象は広く設定されることが予定されているのであって、法の定めにない、対象を限定するような何らかの要素が必要かどうかという点については慎重に判断する必要がある。」
(2)明確な対応関係・反対給付として支払われたものであることを要求するもの
以下の事例は、いずれも、マンション等の管理組合に対し、その組合員である区分所有者が支払う管理費の課税仕入れ該当性が争われた事例です。
- 福岡地裁平成21年12月22日判決
「原告らが支出した本件管理費等は、本件各管理組合等の一組合員としての地位に基づいて各管理組合の運営費等を負担して支出したものであること、本件管理費等についてはその支出金額の具体的根拠が不明であり、支出と管理組合からの役務の提供との間に明白な対価関係が認められないことなどからすれば、本件管理費等の受領は、資産の譲渡等に伴う対価には該当しない。」
- 国税不服審判所平成24年11月29日裁決
「本件管理費の支払は、本件管理業務に要する費用を、請求人が本件管理組合の構成員たる地位に基づき負担するにすぎず、本件管理組合が本件管理業務を行う上において、請求人は、何らかの資産の譲渡等の反対給付として対価を支払っているものではないから、本件管理組合にとって本件管理費の収受は、資産の譲渡等の対価には該当せず、消費税法上はいわゆる不課税取引となり、請求人がこれを課税仕入れにすることはできない。」
- 那覇地裁平成31年1月18日判決
「各区分所有者が負担する共用部分の管理費は、管理組合がいかなる管理業務を行い、各区分所有者がそこからどの程度受益したかということとは無関係に、単に区分所有者たる地位に基づいて支払義務が発生する性質のものであり、管理組合が行う管理業務との間に対応関係が認められるものではない。この場合、管理費の授受は、いわゆる不課税取引として消費税が課されない。」
(3)小括
以上の裁判例を概括すれば、課税売上該当性が問題となった事例については緩やかな対価性が、課税仕入れ該当性が問題となった事については厳格な対価性が求められているように読み取れ、解釈の不統一感は否めない状況となっております[7]。
[7] 長島弘「消費税の課税要件としての『対価』の意義」(税務事例Vol.46 No.10 2014年10月)18頁は、この点につき、「裁判所の判示は、税額が減る場合には厳格に解釈し、増える場合には幅を広げるという課税庁のご都合主義を追随した論理的に矛盾を欠く(ママ)ものといえよう。」と述べている。
インボイス制度導入と対価性に係る議論の展望
前回まで述べてきたように、インボイス制度導入後は、課税仕入れに該当するか否かの判断は売主側にあり、買主側は、適格請求書等の交付を受けたか否かに注力すればよいため、上記の様な問題は自然に解消されるように思われます。
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