老化は病気か?

この点、フランスの歴史家であるミッシェル・ヴォヴェル(Michel VOVELLE,1933-2018)は、「〔老化による〕退行性の病気は、社会的習慣(飲酒と喫煙)の助けもあって、はっきりと感染症〔伝染病〕に取って代わっている。」とします(VOVELLE『死とは何かー1300年から現代までー〔下〕』〔立川孝一訳〕1039頁(藤原書店2019))。

このような見解が示すところによれば、老化が病気の原因ということになりましょう。すると、老化をいわば病気の一部であるとみることも不可能ではないように思われます。

しかしながら、ヴォヴェルが説くように老化が感染症にとってかわるほどの病気の原因であるとしても、そのことのみをもって「老化=病気」と断定することはできないのではないでしょうか。社会通念からみたときに、喫煙や運動不足は病気ではないといわざるを得ないのと同様です。

他方で、生物学者のデイビッド・シンクレア(David A. Sinclair,1969-)は、「老化そのものが1個の疾患」であると断言します(Sinclair『LIFE SPAN老いなき世界』〔梶山あゆみ訳〕138頁(東洋経済新報社2020))。そうなると、アンチエイジングは病気の治療ということになりそうです。すなわち、仮にシンクレアの論に立てば、そのために要した費用は医療費控除の対象ということになるでしょう。

租税法解釈と死生観

この点、所得税基本通達73-4《健康診断及び美容整形手術のための費用》が、「いわゆる人間ドックその他の健康診断のための費用及び容姿を美化し、又は容ぼうを変えるなどのための費用は、医療費に該当しないことに留意する。」とするように、少なくとも現在の所得税法の解釈においては、アンチエイジング費用は医療費控除の対象にはならないと解されています。

もっとも、租税法の解釈は社会の変容に色濃く影響を受けますから、社会通念が変われば医療費控除の解釈も自ずと変わってくる可能性までを否定すべきではないでしょう。

医療が更に進化を遂げると、アンチエイジングの延長線上には不死が見えてきます。そうなると人々の死生観も自ずと変わってくるでしょう。アメリカの哲学者であるシェリー・ケーガン(Shelly Kagan,1956-)が説くように、不死と生き地獄は紙一重かもしれませんし(Kagan『Death (The Open Yale Courses Series)「死」とは何か』〔柴田裕之訳〕153頁(文響社2018))、永遠の命は永遠の退屈を意味するのかもしれません(同書157頁)。

もし、ケーガンが言う程に人々の死生観が変わってきたとき、租税法の解釈はどのようになるのでしょう。相続税法の解釈など、180度転換してしまうかもしれませんね。


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